今年も届く喪中ハガキ
12月に入り「喪中ハガキ」が届き、そのハガキで亡くなったことを初めて知ることが数多くあります。
その中の一人、今年の5月に亡くなった浅枝先生のことは、
最近シベリア抑留のニュースを耳にするたびに思い出されます。
浅枝先生のことは若い世代の方は知らないと思いますが、
我々から上の世代で建築設計事務所がまだ少ない時代
を知っている人はご存じだと思います。
先生は戦後、広島の町に商店街やショッピングセンターができはじめた頃、
商店主の指導やアドバイス、商工会の指導員、店の設計など小売業の発展に
ずいぶん貢献されました。
紙屋町のサンモールの建設、本通りの活性化、
今はパルコになっている天地の再開発事業など、
特に新天地の再開発は地権者とのやりとりで
何度も計画が中止になるなどずいぶん苦労したと聞きました。
また、今のようにアメリカやヨーロッパの商業施設の情報が豊富に
入ってこない時代、海外へ何度も商業施設の視察へ行き勉強されたそうです。
歳を取っても尚、いろいろなことを勉強されておられました。
そんな先生はシベリアに抑留され捕虜生活を経験された一人で、
私が「先生、北京に行くのですが、気温がマイナス10度なんです。」
というと、
「それはずいぶん暖かいよ。私はシベリアでマイナス30度の中で生活していたんだ。」
と言われました。
そんな先生も今年なくなったそうです。
先生の手がけた多くの資料をあずかっているそうで、
来年、追悼の個展を開く計画があるそうです。
広島で住宅・店舗 のリフォーム
は シーディー・コア
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