歴史に学ぶ
<歴史に学ぶ>
今年は景気悪化の影響から過去に学ぶことが見直されたのか、歴史に関する
情報が増えた気がします。現に、「歴女」といわれる戦国時代の武将マニアの
出現(この背景には女性の社会進出、男性の頼りなさが影響していると言われる)
もあり、今後もしばらくは歴史人気がつづきそうです。
さて、来年の大河ドラマは日本人が大好きな「坂本龍馬」ですね。
未来の読めないこの時代が、龍馬の生きた幕末と似ているということで近年
注目されています。
そもそも幕末は農業社会の日本が工業社会の欧米に開国を迫られたことで
開国か鎖国を続けるか幕府(開国派)と天皇(鎖国派)が争った時代で、
最終的に幕府の要望通り開国となったにも関わらず、時代の流れから倒幕と
なった時代。
確かに江戸時代は265年も続いた為、ハタから見たら古い体質になっていた
ことは事実でしょう。
そのため、その後の明治では江戸幕府の古い体質を根こそぎ廃止して、
ヨーロッパの文化を受け入れたことが現在の日本となっています。
しかし、最近は「江戸文化歴史検定」という資格が出来たように江戸時代も
見直されてきました。ちなみに、この資格を持っていると、「大江戸温泉」や
「日光江戸村」など江戸に関する施設の割引が受けられます。
話は戻って、今回は単純に265年も続いたことを素直に認めるという視点で
考えてみたいと思います。
なぜなら多くの会社が数年、数十年で倒産してしまうことを考えると
1つの企業が265年もの間生き残ること至難の業だからです。
江戸時代がここまで長く続いた要因は3代までにしっかり基礎を固めたこと。
何事も基礎が大切ということです。
個人的に江戸幕府の存続理由、大きくは3つと考えています。
(あくまでも個人的な見解です)
◆鎖国
実際にはオランダ、中国とは貿易をしていましたが、厳しく制限されていました。
また島国なので隣国から簡単に攻められないことも大きな要因。
開国した原因は役人の勝海舟、2大儒学者の東の佐久間象山、西の横井小楠
ら欧米の重工業の発達のすごさを目の当たりにし、日本が踏ん張ったところ
で衝突は避けられないと悟ったからです。
※意外に知られていませんが、ペリーは太平洋から来たわけでなく、
中国とはすでに貿易していたため中国側からやってきています。
◆各諸法度(武家、公家、寺院)
過去の争いの原因は、他大名、武士、朝廷(天皇)、寺院が反乱を起こす為、
これらに対して厳しい法律(一国一城制、参勤交代、外国と貿易禁止など)
をつくりました。
特に大名は厳格に統制されていたため、反乱を起こすことができなかった
と考えられます。
◆兵農分離/身分制度(士農工商)
今までは農民が武器を持って戦いに参加していたが、役割をはっきりさせることで
武士のプライドを守り、農民は農業に専念させ収穫率の向上、また武器を持たせ
ないことで一揆を防いだ。
江戸時代の基本方針は「権力あるものは給料少なく、給料あるものは権力少なし」
という言葉により、将軍の独裁政権が長続きしたものです。
決して将軍が贅沢をしていたわけでもなく、食事も質素なものでした。
★現在の企業に当てはめてみると、企業理念、目標、報・連・相、明確な
役割分担と明確な権限委任といったところでしょうか。
そのほか江戸時代では
・役人が少なかった(農民が自立していた)
・武士は贅沢な暮らをしていない(権力をふりかざさない)
・金は天下の回りもの精神(現代の日本は貯金ばかりしているが、当時は流動)
江戸時代は国に対して何も期待せず、自分たちのことは自分で行い、
子孫に負の遺産を残さなかったと言われています。
ケネディ大統領の名言
「国家が国民に何をしてくれるか期待るだけではなく、
国民が国家に対して何ができるか」
今後ますますグローバル社会になり、嫌でも世界の人たちと渡り合わなければ
なりません。
それを解決するキーワードは「自立・自律心」
自立・・・他に頼らずに存在しているという意味
自律・・・自分で行動するという意味
日本人しか持ち合わせていない「和魂洋才」を活かしながら、
自立した自分を作り上げていくことが、日本人が生きていく術と考えます。