葛西城
CDAキャリアカウンセラー
葛西城
一応通信大学で史学科なので歴史に興味があります。
私の実家が東京都葛飾区京成立石なこともあり先日たまたま新聞で、
となり町の青戸に昔お城があったとの記事を見ました。
そこでその本が紹介されていたので早速購入しました。
・1400年代に築城し、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐により落城。
・その間北条氏や上杉氏に支配された
・江戸城から一番近い城?
・古くからこのあたりは葛西氏の土地であった
・中川も昔は葛西川と呼ばれていた
・江戸を筆頭に松戸、青戸、奥戸、亀戸、花川戸という地名に「戸」がついているが当時は「津」、すなわち「港」
であった
・地名では青戸だが、なぜ京成線の駅名では青砥なのか。鎌倉幕府の評定衆、青砥藤綱が住んでいたといわ
れているから
・徳川家康・秀忠・家光時代は鷹狩の場所として青戸御殿と呼ばれていた
・跡地の真ん中にちょうど環七通りがある
青砥藤綱伝説・・・
滑川を通って銭10文を落とし、従者に命じて銭50文で松明(たいまつ)を買って探させた。
ある人に
「10文を探すのに50文を使うのでは、収支償わないのではないか」
との質問に
藤綱は
「10文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。
50文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。
合わせて60文の利は大であるとは言えまいか」
ある意味、カネがないと言えない発言かもしれないが、考えさせられる逸話である。