初めてのリポート返却(2)
設題 自己像(Sel-Image)の形成・発展に関わる、人間関係の要因について説明せよ。
自己像(Self-Image)の形成・発達に関わる人間関係の要因については、幼少時期からの親とのかかわりから始まり、他人とのコミュニケーション(学生生活、社会人経験など)の中で、自己像(性別、容姿、成績、運動神経)が形成されていくと考えられる。
以下にその結論にいたった経緯を説明する。
1954年に「クーン」と「マクポートランド」は《自己像(Self-Image)》を探る方法として《フーアムアイ》テストを行った。そこでは《互認できる記述(客観)》例:メガネをかけている、《互認できない記述(主観)》例:やせている、《性格記述》、《感情的働きをともなう自己》、《願望》とに分類された。そして、「クーン」の分析を基に「ジェームス」は自己の構成要素として3つの領域を想定した。身体的自己や物をさす《物質的自己》、自己の意識や能力をさす《精神的自己》、人が他者から受ける認知をさす《社会的自己》である。
「ミード」は、他者との具体的で現実的な相互関係がなければ、自己は意識されない。すなわち、他者の態度を取ることで、他者との対話が自己の内部で循環し発展する、としている。
精神医学者の「ヤスパース」と「レイン」は自己と身体は必ずしも同じでなく、時にそれぞれが独立する《分裂病》が存在すると論じている。
「乾孝」は現代の性差別の現実を、その中で生きている母親が、子供たちのしつけに加重してしまうとしている。これは子供にとって自己像の形成に大きく影響すると論じている。
子供のみならず、それと関わる大人たちの発展を意味づけている。すなわち、子供の成長の裏には大人の成長も必要であるとしている。
これまで各学者の論じている内容は、キャリア心理学者の「スーパー(1910-94)」が唱える《ライフロール》に出てくる8つの役割(息子・娘、学生、職業人、配偶者、ホームメーカー、親、余暇を楽しむ人、市民)に当てはめることも可能と考える。
幼少期の自己像は主に、家庭の影響が大きい。その後学生になり、成績次第で行く先が変わる。勉強面で優れていれば進学、スポーツ面で優れていればプロスポーツ選手など、特に優れていなければそのまま就職など。その行く先々で更に多くの人間関係から自己像を意識することになる。そして、恋愛や結婚に関しては単なる表面上のコミュニケーションだけでなく、真に相手を思いやる気持ちで接し、その結果次第でまた自己像が形成される。
また、就く仕事の内容により、人間関係の密度はまったく異なる。例えばプログラマーや軽作業の技術者は機械に向かっている時間が長いため、人間と接する時間がおのずと減る。対して営業やサービス業であれば常に人と接するため、人間と接する時間は増える。これが年月の経過が長ければ長いほど、形成される自己像は変わると容易に想像できる。現実の社会で成績・収入・容姿の良し悪しにより、その人の自己像が変わることも考えられる。
一般に自己像を形成するために、多くの人間が通る過程として、誕生⇒親⇒保育園・幼稚園⇒小学校⇒中学校⇒高校⇒専門学校⇒大学⇒就職⇒転職⇒管理職⇒定年⇒老後となる。
学生時代は主に先生や生徒とのかかわりあいがあるように、それぞれの過程でさまざな人間とのかかわりがある。そして、その他外部要因として、《近所付き合い》、《親戚付き合い》、《メディア(テレビ・雑誌)》、《恋愛・結婚》、《人の不幸》、《習い事》、《通学・通勤》、《ケガ・病気》などこれも世間体やマナー、文化・考え方の違いで世論を意識することとなる。
また、《カウンセリング》を受けることにより自分の知らない自己の発見も可能となる。心理学者「ジョセフ・ルフト」と「ハリー・インガム」の発表した《ジョハリの窓》も自己像を知る上で参考となるモデルである。
その他、私生活でよく使われる言葉して、《あまのじゃく》があるが、これはああ言えば、こう言うといった相手に対して反論する姿勢、《八方美人》は誰に対しても気前良く振舞う姿勢。ある意味、わかっていながらやっている自分と世渡りをするために自然と身に付いた行動であるが、これも自己像の一部であると考えられる。
また、《コンプレックス》や《自己嫌悪》は、主として自分の容姿や行動に対して悪いイメージを持っている自己像であり、《トラウマ》は過去のある出来事、モノ、動物、人間関係で精神的なダメージが残った症状でもある。これをまとめて《ネガティブ》な自己像といえる。
そして、別の視点から自己像の強制強化の手法として、スポーツ選手の行うメンタルトレーニングも挙げられる。
ここまで見てきたように、自己像が意識されるまでの期間(幼少期)、すなわち自己像の基となる体力や考え方は親からの教育によるものだと考えられる。そして、その自己像がはっきりした形で意識されるのは、学生時代(小、中、高、大)に形成されることがわかるが、そこで止まるものでもない。また、「ミード」が論じた、自分が自分である根拠は、他者という鏡がなければ理解し得ない。すなわち、外界からの刺激、および《行動と結果の繰り返し》によって自己像が形成されると結論づけることができる。
最終的に、自己像の成長は個人の意識の強弱により良い方向にも悪い方向にももって行くことができる。
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