大分書きませんでしたが、事件です!
じさまがエントリーした事が有る、クラッシックカー・ラリーの
「ラ・フェスタ ミッレミリア」(現、アウトゥーノ)に、元F1ドライバーの
片山右京さんが、じさまが少し前に持っていたモラスッティ750スポルトで走ります。
鈴木亜久里、篠塚健次郎、近藤真彦、ジローラモ、勿論ベテラン・カークラブの堺正章さんも、水野さんのパッセンジャーで木ノ内みどりさんも走ります。
じさまも何回か一緒に走りましたが、堺さんもマッチも、パーティーで、町の明かりや、ギンギラギンなんて、歌ってくれた事も有りますよ。
今までは明治神宮をスタートし、原宿を抜け東北へと五日間、走りましたが、震災以降、堺さんやエントラントの多くが「コッパデ・小海」で走りなれている為か、長野へとコースを変え「ラ・フェスタ アウトゥーノ」と名称も変わりました。
じさまが走った時は「スタビリメンテ・ファリーナ 1100 アバルト」
この車は、「カロッツェリア・スタビリメンテ」でピニンがデザインし、
166の「インター」用に、フェラーリに供給した同型ボディーで、カルロ・アバルトがチューンし、とても珍しい「イタル・メカニカ」のサブシフト付き8速ミッションの稀少車でした。
神宮から表参道へ・・・ 「ジーロ・デ・大島」でビンテージ・
バイクを従えて
「ジーロ・デ・軽井沢」のスタート。 F1パレードでR・シューマッハや
J・フィジケラにサインを貰ました
じさまが今持っている車は、ダイムラーに並ぶ、最古の自動車メーカー、
日本を最初に走った車で、今の車の基礎となった
「システム・パナール」を考案した「パナール・ルバッソール」の
戦後小型モデルをC・ドゥーチェがボネと分かれた後に造り
、ツインスパークエンジンを載せた「CD62ルマン」のプロトタイプです。
62年のル・マンのテストデーに最高速と空力をテストした車です、
この車から、幾つかのレーシングモデルが出来、量産車の
パナール・CDが出来ました。
トラック・レーサーの証R・H・D、パナール誌の上の写真の固体がじさまのCD 、
極一部の「仏車好きな人」にしか分らない車です。
じさまも璽様になってきましたので、この車は生まれ故郷のフランスに戻してあげようと思っています。
少し前にイベント用に持っていた「バルケッタ」こそ今度、片山さんが、ドライブする「モラスッティ・750スポルト」なのです。
「ローマの休日」にカメラマンが乗ってきたあの小さな車、
「トッポリーノ500」のエンジンを「ジャンニーニ」が750に
チューニングアップし「パリゾット」のバルケッタ・ボディーを
載せています。
この車体にはASIのプレートと認定書が付いていました。
当時フィアットがエンジンを供給していたので、トッポリーノ用の
このエンジンや1100を、チューニングしたレーシングカーが
多く在りました、スタビリメンテもフィアット1100Sのエンジンがベースでした。
この車の前は、小排気量ではトルクフルなフラット・ツインの、
「ナルディー750・スポルト」を持っていましたが、
「プォーン」の多気筒が欲しくなり、写真を見、直ぐイタリアから入れました、モラスッティでのエピソードは「コッパ・デ 小海」に書いています。
アントゥーノは明日スタートですが、じさまは仕事関係の研修旅行です、残念ですがモラスッティには逢えません、元F1レーサーが
乗るんだから元気にしてるよね、2日目の軽井沢で眠り始めた頃
脇をすり抜けて行きます。