ひっっっさびさのブログ更新。
相変わらず仕事してドラゲー行ってアニメもゲームも好きで、そんな私でございます。
私はあえて書かなかったのですが、ハヤブサさんが亡くなられて。
ショックなのに、涙が出なくて。
一緒に撮った写真とか、YouTubeの映像とか、過去の自分のブログを見直して、こんなことあったな。あんなことあったな。
って、思い出しています。
そして今月の5日。
私は母親を亡くしました。
元々身体が悪く、ここ数年は入退院の繰り返し。
いつどうなってもおかしくないと、病院で言われてから1年近く経ったのかな?
危篤の連絡を受けて東京から北海道に帰り、私が実家に帰る前日に救急車で病院に運ばれていたので、病院に会いに行きました。
ほとんど話せず、身体も動かせない状態。
でも、『お母さん』って呼んだらこっちを見て名前を呼んでくれました。
祖母と叔母と病院の先生の話を聞いて、モルヒネを投与してもらうことにして。
次の日にはモルヒネが効いていたのか随分と楽そうでした。
私が東京に帰る日、1人で病院に会いに行きました。
もう私の声も届いていない。呼んでもこっち見てくれない。呼吸に合わせてお母さんの身体が上下するのをただ黙って3時間見ていました。
胸が痛かった。比喩表現じゃなく、本当に胸がキューっと痛かった。
『お母さん』
返事がない。
『お母さん』
やっぱり返事がない。
3回目は言えなかった。声が震えて。
だから手を握って、髪を撫でて帰ってきた。
東京には夜着きました。
朝、仕事に行く準備をしていると、祖母から連絡が入り、亡くなったことを知りました。
急いで空港に向かいました。
昼の便があって良かった。
自宅には眠っているお母さん。黙って見つめる祖母。
不思議。私は涙が出なかった。
葬儀屋さんと話し合いが終わり、湯灌に入りました。
兄ちゃん、泣くのを我慢してる。私がしっかりしなきゃ。
夜中にこっそり、お母さんの顔を何回も見た。
苦しくなさそう。お化粧してもらって、すごく綺麗。
霊柩車は兄ちゃんと2人。無言。
火葬に入る前。喪主の兄ちゃんがお母さんの顔を見て、『頑張ったね』って。
兄ちゃんだって頑張ってるよ。なんであたしと違ってこんなに心が優しいんだろう。
骨を拾いながら『迷惑かけてごめんね』って。
ごめんね、あたし何も言えなくて。
それからは手続き関係と、アパートの立ち退き作業に追われて泣く暇もありませんでした。
初七日は明日ですが、私は東京で仕事です。
叔父と叔母と話し、無理しない範囲で北海道に帰ってできることをするということに落ち着きました。
お母さん。ごめんねお母さん。側にいてあげられなくて。
私は東京で頑張って働くことで、お金を送りたかったんだ。
兄ちゃん。27歳の男が母親の下の世話を手伝うなんて相当ストレスだったと思います。
ごめんね、訪問看護の人がいるしそんなことまで兄ちゃんがしてるなんて思わなかった。
少し考えればわかることだよね。もう遅いけど本当に反省してます。
帰りの飛行機のなか、やっと泣くことができた。
お母さん、会いたい。
でもまだまだ会いには行けないから、いつまで東京にいるのか、北海道に帰るのかわからないけど
あたし頑張るね。
お母さんがあたしの携帯に残してくれた留守電。寂しくなったら聞くね。今はまだ聞いたら泣いちゃうけどね。
このブログを呼んでいる方で、私の母親の相談に乗ってくれていた方もいます。
暗い話で申し訳ないですが、お礼を言わせてほしくて書きました。
本当にありがとうございました。
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