JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、写真家・星野道夫のエッセイ『ゴンベの森へ アフリカ旅日記』を、一部編集してお送りしています。
今夜は、その第3夜。
「ジェーンの滝」を、お送りします。
チンパンジーの世界的研究者、ジェーン・グドールに招かれ、彼女の研究所があるタンザニア奥地のゴンベの森に入った、星野道夫。
早朝、チンパンジーの群れの寝ぐらを訪れるが、問題児フロドの攻撃を、受けてしまった。
そして午後は、美しい滝に案内される。
そこは、ジェーン・グドールの著書に登場する、象徴的な場所だった。
今週は、10月1日、91歳で亡くなったジェーン・グドール博士を追悼し、お送りしています。
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午後になって、私たちはゴンベの森の滝へと向かった。
鬱蒼とした樹林帯を抜けると、激しい水音が聞こえてきて、美しい滝が目の前に現れた。
私たちは、流れの脇の巨岩に腰を下ろし、疲れた体を休めていた。
谷を吹き抜けていく風が、汗ばんだ肌に心地良い。
私たちは辺りの気配に耳を澄まし、チンパンジーの群れがここに現れれば、と思っていた。
岩に腰かけ、じっと森を見渡している、ジェーン・グドール。
ここは、彼女がゴンベの森にやってきた頃から、数え切れないほど足を運んだ場所なのだろう。
そしてジェーンは、大切な秘密を漏らすかのように、呟いた。
「この滝には、沢山の思い出があるのよ。
まるで儀式のような彼らの踊りを、初めて見たのはここだった」
もしかすると、ここが本の中に描かれていたあの場所なのだろうか?
ジェーン・グドールは、こう書いている。
「私が生きている限り、フィフィと彼女の家族とエヴァレッドと一緒に過ごしたある日の午後の事を、決して忘れないだろう。
3時間に渡り私は、仲のいい平和そのもののチンパンジーたちが、あっちこっちへと食べ歩き、子供たちが遊んでいる間、休息を取ったり、毛づくろいをし合ったりするのについて歩いた。
日も傾きかけた頃、カコンベ谷へと下っていき、カコンベの流れに沿って東に進み、カコンベの滝の近くにある土地の人々がムトボゴロと呼んでいるイチジクの林に向かった。
その近くまで来ると、柔らかい緑の大気の中に、流れ落ちる滝の轟きが、大きく響いていた」
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ジェーンの本の中で、チンパンジーの行動観察は続く。
「エヴァレッドとフロイトは、急に毛を逆立てて走り出した。
木々の間に滝が突然姿を現し、それは15メートル、あるいはそれ以上の高さから、一気に流れ落ちていた。
エヴァレッドは、そこですぐに前に踏み出し、垂れ下がっている蔓の一本を掴んで、水しぶきの舞い上がる流れの上を、飛び越した。
一呼吸置いて、フロイトもそれに続いた。
二人は、蔓から蔓へ飛び移り、宙に浮くのだが、細い蔓が切れたり、裂けたりしてしまうのではないかと思われた。
フロドは、流れの水際に沿って暴れ回り、岩を後ろに前に脇にと放り投げ、水しぶきで体の毛を光らせている。
10分間、3匹と言うより3人は、荒々しいディスプレイを繰り広げ、その間フィフィと彼女の幼い子供は、川岸の高いイチジクの木からそれを見つめていた。
チンパンジーたちは、おそらくは原初人類の間での、原初的な宗教や風雨への恐れに高まっていったような、畏懼の感触(敬いと恐れ)を、表しているのだろうか?
[チンパンジー]
絶え間なく流れ、しかも消え去ってしまう事の無い、いつも同じようでいて刻々に変化する、生きているような水の神秘への、崇拝なのだろうか?」
ジェーン・グドールの著書『心の窓』の中で、僕が最も好きな箇所だ。
【画像出典】

