JET STREAM Skyway Chronicle
今週は、国際線就航70年を記念した、スペシャルフライト。
1986年、東京・パリ線に、世界初のシベリア上空通過ルートを使った、ヨーロッパ直行便が就航。
この時代のパリへの旅。
女優・文筆家・岸惠子のエッセイ『巴里の空はあかね雲』を、一部抜粋してお届けしています。
今夜は、その第2夜。
昭和の大ヒット映画『君の名は』で、一躍トップ女優となり、1957年に、結婚のためフランスに渡った、岸惠子。
上品さ漂う洗練された街並みの、サンジェルマン・デ・プレで撮影をしていると、様々な個性溢れる街の人たちが行き交い、やがて人だかりが出来ていた。
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初めに私たちの目を奪ったのは、ダボンダボンの洋服に、真っ赤な付け鼻、白い眉、堂々たる体躯のピエロさん。
派手なパラソル肩に差し、そのパラソルの先々に、細い裂き布ぶら下げて。
「パリの市長のシラクさんよ!
早い事土性骨据え込んで、必要なればジスカールの親玉さんと、丁々発止とやり合って、も少しましに、我々市民の事もお考えよ!」
という具合の、政治漫画的街頭演説。
ピエロ氏は全然酔っていなかったし、おどけてはいても、からりと明るく力強く、ピエロ独特の哀れっぽい侘しさが無くて、見ていて快いのです。
かと思うと、急に横から飛び出して、車止めたり、人払いしたり、もっぱら交通整理に打ち込んで、
「早くキャメラ回せ!
今が潮時、犬も鳴き止んだし、車もOK!」
なんぞと怒鳴ってる、スタッフかと思ったら、通りすがりのサラリーマン。
柴又の寅さんじゃあるまいし、なんと人情たっぷりな事。
夜もかなり更けてきて、しゃんなり歩く美女さんは、上着か下着がスケスケで、そのまた下着のその下に、股引きばりのエナメルの、金箔輝くタイツ履き、これまた流行りのハリの靴。
くんにゃり寄り添う背の君は、髭髭ぼうぼうの、インテリ左翼のお兄さん。
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撮影隊がいようが、機動隊がいようが、キャメラが回ればなおの事、照れず臆せず恥じらわず、我こそ主役と言いたげに、肩で風切り胸張って、キャメラの前を練り歩く。
これぞ正真正銘の、筋金入りのパリっ子たち。
撮影頓挫が何回か、仕切り直しが何十回。
やっとひと段落ついて、小休止。
夏の夜も更けて肌寒く、肩をすぼめた私に、
「ケイコさん」
という、聞き慣れない声。
振り向けば、ごま塩頭に口髭の、見覚えの無いアメリカ人。
「ん?」
と、首を傾げると、
「覚えていませんか?
もう随分昔です。
でも、あの時の白い綺麗なストール、とても良いストール。
今でも大事に、持っています」
[ストール]
私は一瞬信じ難く、呆然と息を飲みました。
「まさか!
じゃあ、あなたは・・・。
そう、覚えています。
とてもよく。
あなたは、ニューヨークから私の写真を取りにいらした、D. S.」
「イエス」
【画像出典】
