JET STREAM Skyway Chronicle
今週は、国際線就航70年を記念した、スペシャルフライト。
新東京国際空港が開港した1978年、その時代の東京への旅。
時代小説作家・池波正太郎による、1977年刊行の随筆集『散歩のとき何か食べたくなって』の中から、「渋谷と目黒」と題された一篇を、お届けしています。
今夜は、その第4夜。
折々に出会った懐かしい味や、心温まる店の佇まい。
時代小説の名手・池波正太郎による食のエッセイは、しみじみと奥深い。
そして、店の味や街の情景を描く筆致は、どこまでも温かい。
今夜は、人生の達人・池波正太郎と、1970年代の東京の街へ、目黒のカツレツを食べに行く。
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その頃からのとんきファンだった、歌舞伎俳優の故・市川中車は、生前私に、とんきの事を褒め称えたあげく、
「私は、とんき以外のとんかつは、認めない心境ですよ」
とまで、言い切った。
ま、人それぞれの好みはあるにしても、ともかくも、とんきのとんかつを食べて、不味いと言う人はいないだろう。
[とんかつ]
半袖の白いユニフォームを身に着けて、はつらつと立ち働くサービスの乙女たち。
新鮮なキャベツが無くなると、彼女たちが走り寄ってきて、さっとおかわりのキャベツを皿に入れてくれる。
「ああもう、ここへ来ると、キャバレーやバーへ、行く気がしなくなります」
といった中年の客もいる。
磨き抜いた、清潔な店内。
皿の上で、タップダンスでも踊りそうに、活きが良いカツレツ。
私はまず、ロースカツレツで酒かビールを飲み、次いで串カツレツで飯を食べる事に、している。
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今のとんきは、旧店を駅ビルのために捨てて、目と鼻の先に、これまでの小さな木造建築とは比べものにならぬ、立派な店を構えているが、よく見ると、主の心構えの少しも変わらぬ事が、店構えにも店内の作りにも、見て取れる。
[店内]
乙女たちのダイナミックなサービスも、全く変わらぬ。
この店に長らく勤めた男女の店員の中で、支店を任せられている人たちも、少なくないらしい。
とんきで食べて、勘定を払って、心身に満足と愉快を覚えぬ客は、まずあるまい。
外国人の熱狂的なファンも、多い。
私は、とんきの主が、どのような経歴の人であるかを知らぬけれども、天変ただならぬ戦後のおよそ30年間を、誠実な商売で貫き通してきて、それが昔も今も、客層の圧倒的な支持を得ているのは、それこそ真にただならぬ人という気が、私はしている。
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