2024/9/25 地上に星座をつくる③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、写真家・石川直樹の紀行エッセイ『地上に星座をつくる』を、番組用に編集してお届けしています。


今夜は、「エベレストの犬」という章の、第3夜。


日々、旅を続ける写真家、石川直樹。


エベレストの隣の山、ローツェ登頂の途中で、標高5300メートルのベースキャンプのテントで遭遇したのは、一匹の犬だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


僕は犬好きなのだが、エベレスト街道をトレッカーと一緒に、1週間かけて歩いてきた野良犬と添い寝できるほど、器量は大きくない。


きっとこの犬、トレッカーが与える餌を当てにして、ここまで来てしまったのだろう。


彼はどうやら、ベースキャンプのあちこちを渡り歩いており、他のメンバーが留守の間にも、テントに出入りしながら、時々居眠りしていたらしい。


また、勝手にロシナンテと名付けて、可愛がっていた別の隊もあった。


去年は氷河に架けられたハシゴを渡ってまで、登山者についてきた犬がいたが、僕のテントで寝ていたこの犬も、相当な犬である。


眠りを妨げられたからなのか、それとも疲れていたからなのか、よく分からないが、犬は元気が無かった。


動物も、高山病になるのだろうか?


薄い酸素と乾いた寒さによって、人間と同じように、弱っている風にも見える。


テントから立ち退きを迫られ、恨めしそうに後ろを振り向きながら、トボトボ歩いていく彼もまた、環境に適応した動物である。


なにしろここは、標高5300メートルなのだ。


小さな鳥の他に、生き物はいない。


荷運びのヤクでさえも、ベースキャンプに荷物を降ろすと、帰ってしまう。


[ヤク]


犬をテントから追い出した後、可哀想な事をしたかな、と思った。


しかし、僕が考える以上に、あの犬はしたたかだろう。


彼が去った後のテント内には、大量の犬の毛と獣臭だけが、残された。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


今年のエベレストとローツェは、極めて乾燥していて、雪が少ない。


そのため、落石が多発しており、非常に危険な状態になっている。


こうした表情の山に、人間が抵抗しても、無駄である。


肉体を山に順応させれば、体が動く。


精神を順応させれば、五感が開く。


きちんと、その環境に適応した者は、限界と可能性の両方を冷静に判断し、動ける。


引き時も、分かるのだ。


それは、野良犬も同じだろう。


夜、テントの外に出ると、満天の星が輝いていた。


[星空]


世界は美しい、と心底思える場所は、そうそうある訳ではない。


この寒空の下、どこかであの犬も、星の光を見ていればいいな、と思った。


【画像出典】