JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。
今夜は、「タバコと神様」の第2夜。
グアテマラの人たちが信じる神様、サンシモンとマシモン。
見た目は、背広を着て髭を生やした、ただの親父。
しかし、お酒やタバコを捧げると、あらゆる願いを叶えてくれるという。
話を聞いた片桐は、
「挨拶に行かねばなるまい!」
と、決意する。
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アンティグアの土産物屋の片隅に売られていた、自宅用のサンシモンは、等身大の単なる出来の悪い人形だった。
揃って白人風の、とんがった細面。
みんな、つばの広い帽子を被り、立派な8の字髭を蓄えている。
それだけはお決まりのようだったが、身なりはその辺のおっさんより、むしろみすぼらしい。
古着のチェックのネルシャツや、色褪せた紺のブレザーを着せられている。
この国の人たちは、この人形に、何をどう祈るのか?
私はどうしても、本物の神様に会ってみたくなってしまった。
1番目の神様には、アンティグアから30分ほど山の中に入った、サン・アンドレス・イタパの村で、お目持ちが叶った。
ペトラさんと一緒に、何度か訪れた事があるという明子さんが、案内を買って出てくれたので、村外れのお堂はすぐに見つかった。
無数に並んだ、色とりどりの蝋燭の明かり。
堂内は、それ以外に明かりは無い。
その暗闇の一番奥の祭壇の上に、目指すサンシモンがいた。
カウボーイハットに、黒い背広の上下。
右手に持ったステッキが、もしライフルだったなら、そのまま極悪非道な殺し屋の佇まいだ。
[サンシモン]
沢山の花に囲まれて、一応厳かな厨子に収まってはいるが、作りは相変わらず雑な、蝋人形風である。
外国人の私から見れば、この投げやりな安っぽさが、逆にこの神様に、言いようのない威圧感を与えている。
なんだか、気味が悪いのだ。
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祭壇の下で、願い事の叶う蝋燭を灯した。
蝋燭は全部で9色あり、それぞれの色、ご利益の種類が違う。
[蝋燭]
赤は恋愛、緑は仕事、水色はお金、ピンクは健康、というように。
黒は嫌いな相手に、災いをもたらす効果が、あるらしい。
弟は1度、真っ黒な太い蝋燭を前に、一心不乱に祈るお婆さんを見た事があるそうだ。
お嫁さんでも、呪っていたのかもしれない。
私は、9色セットの蝋燭を買い、念を込めて全部の色に、火をつけた。
私はさらに欲を出して、温泉旅行の行き帰り、山奥や湖畔の村に祀られているという、サンシモンとマシモンに、わざわざ会いに行く事にした。
ケツァルテナンゴの温泉街道の近く、スニルの村のサンシモンは、それにしてもまた、おかしな風貌の神様だった。
身なりはイタパのと同じく、『レザボア・ドッグス』ばりの黒スーツに、粋な帽子を被っているのだが、どう見ても顔が、子供なのである。
セルロイドのキューピーに、ダブダブの黒服を着せた、みたいな。
それがまた、ある種の凄みを醸し出している。
[スニルのサンシモン]
神様の前では、担当者がお酒を入れる陶器の器を持って、待ち構えていた。
お堂の入り口で買ったラムを、その器に注ぐと、神様の口を指差す。
お供えしろ、という事なのか、よく分からないまま、私がそのパクンと空いた小さな唇に器を当てると、ダン!と音がして、突然椅子が後ろに倒れた。
歯医者さん、もしくは床屋さんの椅子のからくり。
要するに、神様の体を斜めにするから、口から酒を注ぎ入れろ、という訳だ。
哺乳瓶が似合いそうな愛らしい口に、痺れるほどの強い酒を注ぐ。
キューピーみたいな神様は、音も立てずに、その安い鹿印のラムを、ボトル1本飲み干した。
【画像出典】