2024/8/28 旅だから出逢えた言葉③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・伊集院静の紀行エッセイ『旅だから出逢えた言葉』を、一部編集してお届けしています。


今夜は、その第3夜。


モルトウイスキーの取材で、スコットランドのアイラ島を訪れた伊集院静が出会ったのは、宿泊所の心優しい老女だった。


宿に戻った作家が、一休みすると伝えると、彼女は


「ゆっくりしてください」


と、1杯のモルトウイスキーを、持ってきてくれた。


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一休みした後、夕刻、みんなで美味しい食事を取った。


生牡蠣にウイスキーを垂らしていただくと、口の中に素晴らしい味覚が広がった。


翌朝、朝食の時、宿の主人に、昨日の午後、老女からウイスキーをご馳走になった礼を告げた。


「そうですか。


母は、英語が得意ではないので、話は少し通じなかったかもしれません。


でも、優しい女性ですから」


そう話す主人に、私は尋ねた。


「英語が不得意とは、普段は他の言葉を話していらっしゃるんですか?」


「はい。


彼女は普段、ゲイル語を話します。


それが、母国語ですから」


「あっ、そうでしたね」


スコットランドには、古くから使われている、ゲイル語があるのを思い出した。


主人は近年、失われようとしていたゲイル語を復活させるために、島の子供たちにも、学校で習わせ始めたと、話してくれた。


その日の取材で働いてくれた運転手も、ゲイル語を守るために、島では様々な事を始めていると、教えてくれた。


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午後、早くに取材が終わり、私はまた一人で宿に戻り、原稿を書いていた。


部屋のドアがノックされ、開くと、彼女がハーフ&ハーフのウイスキーを手に、立っていた。


私は礼を言い、母国語を守る事は素晴らしい事で、人々の使命だと、話した。


すると、彼女の目は輝き、ゲイル語の美しさについてたどたどしい英語で説明し、最後に、


「この言葉は、私たちの体の一部ですから」


と、毅然として言った。


その時の彼女の表情、立ち姿の美しさは、感動するものだった。


人間は、何かを失って初めて、その大切さ、その慈愛に気付く。


家族、肉親、友との死別が、そうである。


母国語にはそれと似た、普段は見えない言語の愛のようなものが、内包されている。


その国の言語は、その国にしかない風土、暮らす人の精神が、様々な言葉・音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。


言葉には、その国の人々の祈り、希望、忍耐といった、生きてきた証が宿っている。


私たちは、自分たちの言葉を、大切にしているだろうか?


日本語が失せるという事は、日本人がこの世からいなくなる事である。


毎夜、モルトウイスキーを飲んでいると、時折アイラの美しい風景を思い出す。


[アイラ島]


【画像出典】