2024/8/19 ニューヨーク・スケッチブック① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM Skyway Chronicle


今週は、国際線就航70年を記念した、スペシャルフライト。


ジェット時代の到来と渡航自由化により、海外旅行需要が急増する中、DC-10型機が就航した1977年、ニューヨークへの旅。


作家ピート・ハミルの短編集『ニューヨーク・スケッチブック』高見浩 訳の中から、2つの短編を番組用に編集してお届けします。


今夜はその第1夜。



ブルックリンに生まれ、ニューヨークの街と人間をこよなく愛した作家、ピート・ハミル。


彼は、ニューヨークを舞台に様々な人生を、人間味溢れるタッチで描いた。


ピート・ハミルの代表作である短編『黄色いハンカチ』は、山田洋次監督、高倉健主演で映画化された、『幸せの黄色いハンカチ』の原作としても、知られている。


今日から第3夜までは、その短編『黄色いハンカチ』を、お送りします。


物語は、ニューヨーク発の長距離バスを舞台に、始まる。


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「あれは、フォート・ローダーデールに出掛けた時だったわ」


と、その若い娘は後で話してくれた。


総勢6人、男女3人ずつだったという。


サンドイッチとワインを紙袋に詰めて、一行は34丁目の古いバスターミナルから、バスに乗った。


灰色にくすんだ、寒い春の居座るニューヨークを後にしながら、彼らは早くも、黄金色の浜辺と、寄せ来る潮を頭に思い描いていた。


ビンゴという男は、その時から乗っていたのである。


バスがニュージャージーを過ぎて、フィラデルフィアに差し掛かる頃、若者たちは、ビンゴがみじろぎもしないのに、気がついた。


ビンゴは、彼らの前に座っていたのだ。


顔は薄汚れていて、年齢の見分けがつかず、地味な茶色い服は、体に少しも合っていなかった。


指先は、タバコの黄色いヤニで染まっていた。


終始、唇の内側を噛み続けており、自分だけの繭のような沈黙の世界に、閉じこもっていた。


夜も更けて、ワシントン郊外のどこかに差し掛かった時、バスはハワード・ジョンスン(モーテルチェーンの一つ)に入った。


みんなが降りたのに、ビンゴは降りなかった。


さながら、シートに根を生やしたように座っている彼を見て、若者たちの胸に好奇心が芽生えた。


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あの男は、一体どういう人なのだろう?


ビンゴの身の上について、彼らは思い思いに想像を巡らした。


きっと、船の船長じゃないかな?


奥さんから逃げ出してきた人かもしれないわよ。


いや、彼はやっと除隊した老兵で、故郷へ帰る途中なんだよ。


みんなでバスに戻った時、若い娘が彼の隣に腰を下ろして、自己紹介した。


「私たち、フロリダに行くところなの」


明るい口調で、彼女は言った。


「あなたもそう?」


「さあね」


と、ビンゴは言った。


「フロリダに行くのは初めてなのよ。


とても綺麗な所なんですってね」


と彼女が聞くと、


「ああ、綺麗な所だよ」


と、ビンゴは静かに答えた。


一度忘れようとした事を、思い出しているような口調だった。


[フロリダ]


「フロリダに住んでいらっしゃるんですか、やっぱり?」


「海軍時代に、しばらくいた事があるんだ。


ジャクスンビルだったかね」


「よろしかったら、ワインをいかが?」


彼は微笑みながら、キャンティの瓶を受け取った。


そして一口飲み、礼を言うとまた、沈黙の殻に閉じこもった。


しばらくして、ビンゴがうたた寝をし始めたのに気付いて、彼女は仲間の元に戻った。


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