2024/4/22 オン・ザ・ロード① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM Skyway Chronicle


今月から、国際線就航70年を記念したスペシャル・フライトを、毎月お送りしていきます。


第1回目となる今週は、国際線が初めて就航した、1954年当時のサンフランシスコへの旅。


ジャック・ケルアックの小説『オン・ザ・ロード』を、5日間に渡ってお送りします。


翻訳は、青山南。


今夜はその第1夜。



第二次世界大戦後のアメリカで生まれた、ビート・ジェネレーション文学を代表する作家、ジャック・ケルアック。


自身のヒッチハイクの旅を基に綴られた小説『オン・ザ・ロード』は、アメリカのカウンターカルチャーの代表として、長きに渡り若者たちの永遠のバイブルとして、読み継がれている。


離婚を経験した若き作家サル・パラダイスは、サンフランシスコに住む友人のレミの誘いで、ニュージャージー州のおばの家を出発し、アメリカ横断の旅に出る。


行く先々で経験する出会いや別れ、そして、辿り着いたサンフランシスコでの日々。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


デンバーからフリスコへのバスの旅は、特に何事も無く、フリスコに近づくに連れて、僕の魂はそっちへと跳ねるばかりだった。


暑い日差しの中、ネバダ州に入り、シエラネバダ山脈を上る。


それからはひたすら下りで、真っ平なサクラメントに入る。


カリフォルニア州だ、と突然思った。


[サクラメント]


あったかくてヤシの匂いのする空気、キスしたくなる空気、そしてヤシの木。


バス乗り場に着いた時は、ニュージャージーのパターソンのおばの家から、3200マイルも離れた所に来たのが、夢のように感じられた。


レミ・ボンクールとは数年前、私立高等学校にいる時に知り合った。


でも、僕らを本当にくっつけたものは、別れた妻だ。


最初に彼女を見つけたのは、レミなのだ。


ある晩、奴は寮の僕の部屋に来ると、


「パラダイス、起きろ。


大先生のお出ましだぞ」


と言った。


僕は起きたが、ズボンを履こうとして、小銭を落っことした。


「おいおい、そこいら中に金貨をばらまくな。


めちゃくちゃ可愛い子を見つけたぞ。


今夜はライオンズ・デンで、しっぽりとデートだ」


そして僕を引っ張っていくと、彼女を紹介したのだが、1週間後には、彼女は僕と付き合うようになっていた。


レミは大柄で色黒の、ハンサムなフランス人で、話すとジャズっぽいアメリカ語になる。


英語も完璧、フランス語も完璧だ。


学生っぽさを少し残したシャープな格好で、派手めのブロンドと出掛けては、金をどっさり使うのが好きだった。


女を取った事で、僕を責めた事は無い。


それどころか、僕らはそれで繋がった。


ずっと親しくしてくれたし、ひどく気に入ってくれていたようで、どうしてかは分からない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ミルシティに、レミは住んでいた。


谷間に小屋が集まった、戦時中に海軍造船所の労働者用に造られた団地だ。


なかなかの峡谷で、斜面という斜面には、木が鬱蒼と生えている。


数軒の専門店や床屋や洋服屋は、団地の住民用。


聞くところでは、白人と黒人が自ら率先して、一緒に暮らしている。


アメリカで、唯一のコミュニティだ。


確かにそんな感じはあり、あんなに無茶苦茶で楽しい所は、見た事が無い。


その日の朝にミルシティで会った時、レミは20代半ばの若い奴らを襲う、くたびれた辛い日々のど真ん中にいた。


ブラブラしていて、生活費稼ぎに、特別警備員の仕事をしていた。


恋人のリー・アンは口が悪く、毎日奴を罵倒していた。


二人は、週日はせっせと倹約して、土曜になると街へ出て、3時間で50ドル使った。


レミは、家の周りにいる時はいつもパンツ一枚で、頭にはクレージーな軍帽を被っていた。


リー・アンは、髪にピンカールをくっつけて、歩き回っていた。


そんな姿で、週日はずっと怒鳴り合っていた。


いがみ合いをあんなにも沢山見たのは、生まれて初めてだ。


それが、土曜になると優雅に微笑み合い、成功したハリウッド族のカップルよろしく、街に繰り出していく。


【画像出典】