『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、作家・町田そのこ 書き下ろしの物語『雪のポートレート』を、5日間に渡ってお送りしています。
今夜は、その第4夜。
仕事のため、大雪に見舞われている福岡へ向かった男。
東京からのフライトで隣になった女性は、数冊の古いアルバムを手に、その写真を念入りに見ていた。
グレイヘアに年を重ねたその表情は、少女のような可愛らしさと、何か思い悩む影が入り混じっている。
そして何の偶然か、博多駅前、小倉と、行く先々で彼女が写真を撮る姿に、何度も遭遇する事になった。
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北九州市内での仕事を終えた時には、日が落ちかけようとしていた。
サラサラと粉のような雪が降り、クリスマスの到来を待つイルミネーションの光が、冴え冴えとしている。
宿泊先のホテルまで送ってもらう途中、車はライトアップされた小倉城の側を通った。
[小倉城]
雪の城というのも、乙なものだ。
運転手に、少しだけゆっくり走ってくれないかと頼んで、視線を投げた俺は、思わず
「あれ?」
と、声に出した。
クリオネ、機内の女性がいたのだ。
彼女は、雪とイルミネーションの中で、一人スマートフォンで写真を撮っているようだった。
博多駅で見かけた時と同じく、角度を変え、何度もチェックしている。
日が落ちかけ、気温がグンと下がっている。
女性の吐く息が、濃く白い。
周囲に知り合いのような人は、誰もいない。
待てよ。
彼女は、博多から一人で、写真撮影し続けているのか?
運転手に、
「ちょっと、ここで止めて待っててください」
とお願いして、車から出た。
駆け寄ると、真剣な顔をしてスマートフォンを操作していた彼女が、俺に気付いた。
驚いたように目と口を開け、
「あらあら、まあまあ!」
と、素っ頓狂な声を上げる。
「こんなに寒いのに、あなたこんな所で何をしているの?」
それは、こちらのセリフではないだろうか?
思わず、吹き出した。
それから、どうしてこんな寒空の中、一人で写真撮影なんかしているのか、というような事を聞いた。
いつから外にいたのだろう?
頬だけではなく、鼻の頭まで真っ赤にした彼女は、躊躇うような顔を見せて、俯いた。
「夫に、写真を送ってるの」
と、言いにくそうに呟く。
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話を聞くと、彼女は東京にいる夫に、写真を撮っては送っているのだという。
彼女の夫は旅行好きであり、写真好きでもあるのだが、1年前から、週に3回人工透析治療を受けないといけなくなった。
これではもう、旅行になんて行けないと気落ちした夫は、長い間愛用していたカメラと、これまで撮り貯めてきた旅のアルバムたちを、全部片付けてしまった。
けれど、家族がいない時に、こっそりと写真を眺めているのを、彼女は知っていた。
万全の体制を整えれば、国内旅行くらいなら行けない事はないと医師が説明しても、彼女や子供たちが、どれだけでもフォローすると言っても、夫は旅行にはもう二度と行かないと言い張る。
どうしたものかと考えあぐねていた時、福岡に雪が積もったという、ニュースが流れた。
35年ほど前、夫婦で福岡を旅行した事があった。
予想だにしなかった豪雪に見舞われ、雪国に迷い込んだみたいだと言いながら、夫と福岡市から北九州市を回った。
終わってみると、トラブル続きだった旅は楽しい思い出ばかりで、いつかまた雪の街を一緒に眺めようと話した事を、彼女は思い出したのだった。
夫を急に連れていく事は無理だけれど、私一人ならどうにかなる。
思い立った彼女は、夫を子供たちに任せ、当時のアルバムを抱えて、飛行機に飛び乗った。
「それで、過去と同じ構図で、写真を撮りまくっていたって訳です、はい」
イタズラが見つかった子供のような顔をして、彼女は告白を終えた。
いい話だ、と俺は思わず呟いた。
しかし彼女は、そのイタズラでひどく叱られたかのように、しょんぼりと肩を落とした。
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