2024/3/14 町田そのこ書き下ろし④ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、作家・町田そのこ 書き下ろしの物語『雪のポートレート』を、5日間に渡ってお送りしています。


今夜は、その第4夜。


仕事のため、大雪に見舞われている福岡へ向かった男。


東京からのフライトで隣になった女性は、数冊の古いアルバムを手に、その写真を念入りに見ていた。


グレイヘアに年を重ねたその表情は、少女のような可愛らしさと、何か思い悩む影が入り混じっている。


そして何の偶然か、博多駅前、小倉と、行く先々で彼女が写真を撮る姿に、何度も遭遇する事になった。


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北九州市内での仕事を終えた時には、日が落ちかけようとしていた。


サラサラと粉のような雪が降り、クリスマスの到来を待つイルミネーションの光が、冴え冴えとしている。


宿泊先のホテルまで送ってもらう途中、車はライトアップされた小倉城の側を通った。


[小倉城]


雪の城というのも、乙なものだ。


運転手に、少しだけゆっくり走ってくれないかと頼んで、視線を投げた俺は、思わず


「あれ?」


と、声に出した。


クリオネ、機内の女性がいたのだ。


彼女は、雪とイルミネーションの中で、一人スマートフォンで写真を撮っているようだった。


博多駅で見かけた時と同じく、角度を変え、何度もチェックしている。


日が落ちかけ、気温がグンと下がっている。


女性の吐く息が、濃く白い。


周囲に知り合いのような人は、誰もいない。


待てよ。


彼女は、博多から一人で、写真撮影し続けているのか?


運転手に、


「ちょっと、ここで止めて待っててください」


とお願いして、車から出た。


駆け寄ると、真剣な顔をしてスマートフォンを操作していた彼女が、俺に気付いた。


驚いたように目と口を開け、


「あらあら、まあまあ!」


と、素っ頓狂な声を上げる。


「こんなに寒いのに、あなたこんな所で何をしているの?」


それは、こちらのセリフではないだろうか?


思わず、吹き出した。


それから、どうしてこんな寒空の中、一人で写真撮影なんかしているのか、というような事を聞いた。


いつから外にいたのだろう?


頬だけではなく、鼻の頭まで真っ赤にした彼女は、躊躇うような顔を見せて、俯いた。


「夫に、写真を送ってるの」


と、言いにくそうに呟く。


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話を聞くと、彼女は東京にいる夫に、写真を撮っては送っているのだという。


彼女の夫は旅行好きであり、写真好きでもあるのだが、1年前から、週に3回人工透析治療を受けないといけなくなった。


これではもう、旅行になんて行けないと気落ちした夫は、長い間愛用していたカメラと、これまで撮り貯めてきた旅のアルバムたちを、全部片付けてしまった。


けれど、家族がいない時に、こっそりと写真を眺めているのを、彼女は知っていた。


万全の体制を整えれば、国内旅行くらいなら行けない事はないと医師が説明しても、彼女や子供たちが、どれだけでもフォローすると言っても、夫は旅行にはもう二度と行かないと言い張る。


どうしたものかと考えあぐねていた時、福岡に雪が積もったという、ニュースが流れた。


35年ほど前、夫婦で福岡を旅行した事があった。


予想だにしなかった豪雪に見舞われ、雪国に迷い込んだみたいだと言いながら、夫と福岡市から北九州市を回った。


終わってみると、トラブル続きだった旅は楽しい思い出ばかりで、いつかまた雪の街を一緒に眺めようと話した事を、彼女は思い出したのだった。


夫を急に連れていく事は無理だけれど、私一人ならどうにかなる。


思い立った彼女は、夫を子供たちに任せ、当時のアルバムを抱えて、飛行機に飛び乗った。


「それで、過去と同じ構図で、写真を撮りまくっていたって訳です、はい」


イタズラが見つかった子供のような顔をして、彼女は告白を終えた。


いい話だ、と俺は思わず呟いた。


しかし彼女は、そのイタズラでひどく叱られたかのように、しょんぼりと肩を落とした。


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