2024/2/28 フーテンのマハ③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・原田マハのエッセイ『フーテンのマハ』を、一部編集してお送りしています。


今夜はその第3夜。


アートをテーマにした小説を、数多く刊行している原田マハにとって、数々の優れた美術館があり、見るべき展覧会が常に開催されているパリは、特別な町。


その中でも、彼女が


「実家に帰ってきたような感覚に陥る」


と言うのが、オランジュリー美術館だった。


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ルーヴル美術館まで広がる、チュイルリー公園の一角に、訪れる度にその美しさに溜め息が漏れる、睡蓮の池がある。


しかもその池は、美術館の中にあるのだ。


オランジュリー美術館の入り口から真っ直ぐ入っていくと、正面に楕円の形をしたギャラリーがある。


このギャラリーの壁一面を埋め尽くしているのが、クロード・モネの描いた晩年の傑作、『睡蓮』なのだ。


[ギャラリー]


モネは40代になってから、ノルマンディー地方にある小村、ジベルニーの古民家に居を定め、そこに理想の庭を造って、制作に励んだ。


時々刻々と移ろう日の光や大気を、カンバスに写し取る事に執念を燃やした彼は、一方で美しい庭造りにたっぷりと愛情を注いだ。


庭には大きな池を造り、睡蓮を浮かべた。


池にかかる太鼓橋は、日本美術に深く傾倒していたモネの趣味が、色濃く出ている。


モネは、この池の畔にイーゼルを建て、降り注ぐ陽光の下、あるいは暮れなずむ夕日の中で、何枚もの睡蓮の絵を描いた。


モネは、自分の死後に一般公開する事を条件に、他にも楕円形の展示室や、自然光を入れるなど、展示する際の細やかな指示も含めて、巨大な睡蓮の壁画を、フランス国家に寄贈した。


モネの死後、政府はこの作品を展示するために、オランジュリー美術館を建造した、という。


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私はもう何度、このオランジュリー美術館を訪れたか、数え切れない。


パリに行く度に、ホッと一息つくために出掛けている。


行けば行くほど親しみが湧き、


「ああ、またパリに帰ってきたんだなぁ」


と、しみじみとした思いが、胸に迫る。


[オランジュリー美術館]


この美術館、実はパリ市内の美術館で、最も早く開館する。


そして、朝一番で訪問すれば、素晴らしい体験が待っている。


楕円形の展示室の天井からは、うっすらと自然光が入るように設計されているのだが、午前中の光が睡蓮の池をより輝かせ、まるで本物の池の畔に佇んでいる気分になる。


睡蓮の壁画は、室内のカーブした壁に沿って、ぐるりと展示されている。


まさに、鑑賞者は池に囲まれているような錯覚に陥る。


自分が見た通りの風景を、この絵を見る人にも体験させたいという効果をこそ、モネは狙ったのである。


朝、昼、夕、宵。


それぞれの空と雲を映した、鏡のような水面。


微かな風が吹く直前、はらりと長い枝葉を垂らす柳の木。


そして、今し方夢から覚めたように、白い顔を綻ばせている睡蓮の花々。


この世界の最も良きもの、無垢な風景が、ここに集められている。


そんな、気がする。


展示室の中央にあるベンチにしばらく座って、室内に入ってくる人々の表情を、観察していた事がある。


足を踏み入れた瞬間、どの顔にも光が差し、パーッと輝くのを見た。


誰もが息を呑み、あるいはワーッと小さく歓声を上げ、吸い込まれるようにして、絵の近くへと歩み寄る。


アートは、人を幸福にする。


それを実証するかのような人々の顔を目撃して、私は何だか、とても嬉しかった。


【画像出典】