2024/2/5 夜明けを待つ① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』

作家が描く世界への旅。

今週は、ノンフィクション作家・佐々涼子のエッセイ『夜明けを待つ』の一部を、番組用に編集してお届けします。

今夜はその、第1夜。

著書『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で、開高健ノンフィクション大賞を受賞した、佐々涼子。

日本語教師を経て、フリーライターとして活動してきた彼女が訪れた、いくつもの国。

今夜は、そんな佐々が、旅に出られなかったコロナ禍の思い出。

語られる言葉から、様々な景色が浮かび上がってくる。


コロナ禍で、家にこもっているうちに、すっかり不眠になってしまった。

夜更けにうつうつと過ごしていると、国際線の機長をしている友人を、思い出した。

連絡したら、今夜は休みで、家にいるという。

旅の話が聞きたくて、zoomを繋いだ。

印象に残っているフライトの話を聞くと、

「ヨーロッパ便の、ウィーンからパリへ向かうフライト。

冬でね、雪が積もったアルプス山脈の上空を飛ぶんだ。

山の斜面に夕陽が差して、一面オレンジ色になる。

美しいんだよ」

と言う。

私は息を呑んで、言葉の余韻に酔いしれた。

「それから?」

私が聞くと、彼が続ける。

「ムンバイは印象深い。

スラム街をかすめて、下りるんだ。

トタン屋根がぎっしり並んでいて、すぐ隣には高層ビル群がある。

そのコントラストが、まるで黒澤映画『天国と地獄』だ」

[ムンバイ]

その言葉を聞いて、私の心は、インドの上空を飛んでいた。

その屋根の下にも、きっとコロナで苦しんでいる人が、いるのだろう。

街のすぐ上を飛ぶと言えば、メキシコシティを思い出す。

赤や青や黄など、壁が原色に塗られたカラフルな街の、上空スレスレを下降し、街に吸い込まれるようにして、着陸する。

その際、飛行機は山を避けるために、旋回する。

すると、機体が斜めに傾き、カラフルな街が眼下に見えるのだ。

[メキシコシティ]

街が煌めいて見えるのは、空気が薄く、乾燥しているから。

空気の澄んだ冬に、星が一層輝いて見えるのと、同じ理由だ。

日本に戻るための離陸は、夜。

機体が斜めに傾くと、星を地面にこぼしたような、街明かりが見える。


溜め息と共に、彼の話を聞く。

漢江を挟んだ、北朝鮮の暗さ。

港湾のナトリウム灯で縁取られ、オレンジに光る台湾。

彼は言う。

「夏になると、日本のあちこちで上がる花火を下に見ながら、フライトをするんだ。

ニューヨークもいい。

そこが世界の中心と言われるけど、空から見ると、掌に収まるほどの大きさなんだ。

皆平和や幸せを願っているんだろうけど、そこで色んな事が、起きているんだろうと思ってね。

もし神様がいるなら、そうやって、我々を見下ろしているのだろうか?」

私が、

「いいね」

と呟くと、彼は、

「今は旅客制限があって、旅客機の客室に、貨物を積んで運んでるよ」

と笑う。

「お客さんを乗せたいでしょ?」

と尋ねると、

「それはそうさ。

人の色んな思いを乗せる仕事だからね」

と、彼は答えた。

最後に無理を言って、機長の挨拶をお願いしてみた。

私たちは、シアトル便に乗っている。

「機長です。

長い洋上飛行を続けてきましたが、左手にアメリカ大陸が、見えてまいりました」

客席から見えなくても、操縦席からは見えるものがある。

コロナ禍の終息も、そうやって朝焼けと共に、見えてきてほしい。

行けない旅はどうして、こうも美しいのだろう?

ようやく、眠くなってきた。

礼を言ってzoomを終えると、夜のしじまに雨の音が、戻ってきた。


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