2023/12/15 この道をどこまでも行くんだ⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、作家、椎名誠のエッセイ『この道をどこまでも行くんだ』を、お送りしています。


今夜は、その最終夜。


「食べる」の章より、世界で一番美味いもの。


世界中を旅して、美味しいもの、そこにそれしか無いものだから、仕方なく泣きながら食べたものなど、あらゆる経験を積んだ作家が、世界で一番美味いと書くのは、一体どんな味なのか?


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僕がこれまで食べたものの中で、一番美味しいと断言できるのは、何度か行ったパタゴニア(南米大陸の最南端の辺り一帯)で、いつも世話になっていた牧場での日々に、必ず食べていたものだ。


まだ若い羊の、丸焼きである。


細長い焚き火を作り、内臓を取り除いて、鉄で作った十字架状のものに、羊の開きをくくりつけ、裏表を1〜2時間かけて、じっくり焼く。


日本の谷川沿いに住む人などがやっている、鮎の炭火焼きを、でっかくしたようなものだと思えばいい。


[羊の丸焼き]


おじさんが最初から最後まで、付きっきりで焼き加減の管理をしている。


近火にして焦がしてはいけないし、遠火にすると、焼き上がるタイミングがそれぞれバラバラになったりして、それもあまりよろしくない。


ガウチョという、この辺りのカウボーイらが十数人、片手にビノと呼ぶ赤ワインの入ったカップを持ち、片手に愛用のナイフを持って、焼き上がるのを今や遅しと待ち構えていた。


だから、日本で言う焚き火奉行兼料理人が管理していないと、まだすっかり焼けていないうちに、美味そうな所をどんどん切り取ってしまうから、その厳しい監視の役目もあるのだ。


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羊全体がアチアチ状態になると、アヒという南米独特の唐辛子系の香辛料を、丁寧に塗りつけていく。


これを、焼き上がるまで5〜6回繰り返す。


裏表程良く焼けると、このおじさんの許可が出る。


するとみんなはドッと殺到し、もう長い事このでっかい羊焼きを食べていて、美味しい部位は知り尽くしているので、みんなそこを狙う。


焦げる寸前くらいまで、きつね色に焼けた表皮と、その内側の脂肪と、さらに内側の肉の3つを、上手に一緒にくり抜くのが、一番美味い肉の切り取り方なのだ。


[羊肉]


僕は最初の頃は、まだどの辺りが美味いのか分からなかったし、どうやって食べるのかも、周りの人の見よう見真似であったから、見事に遅れを取ってしまったけれど、今言ったような切り取り方をして、やっと口に入るくらいの塊にして、噛み切る。


羊の皮が、まずチリチリして香ばしく、その内側の脂と肉が三位一体となって、いやはや美味いのなんの!


肉を飲み込んだ後、すぐに赤ワインを飲む。


僕が最初に行った頃は、チリのワインがどれほど美味いのか知らなかった。


カウボーイ向けに作られている訳ではないだろうが、甘ったるくなく、むしろ荒っぽくて、喉から胃にかけて、ギリギリ刺激してくるような強烈さが、素晴らしかった。


【画像出典】