『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、若菜晃子によるエッセイ『旅の断片』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその第3夜。
メキシコ、イギリス、キプロス、インド。
世界を巡り、旅の記憶を綴る、若菜晃子。
その国の人も行かないような地方を訪れ、自然の中に入り込み、そこに生きる人々と同じように生活する。
今夜は、南太平洋に浮かぶ島、ニューカレドニアでの記憶の断片。
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フランスの朝食は、クロワッサンとコーヒーという固定観念があって、フランス領ニューカレドニアでも、きっとそうなんだろうと思ってスーパーに行くと、クロワッサンの棚はほんの少しで、大量に並んでいたのはフランスパンであった。
いわゆる長い棒状のバゲットだが、それがボックス型の棚に、そのままボンボンと大量に積まれている。
[フランスパン]
見ている間に、補充のカートがやってきて、焼きたてが追加される。
スーパーによっては、横置きのボックスではなく、床に傘立てのように置かれたボックスに、無造作に投入されている店もある。
近づくと、パンの温かな良い香りがする。
次々に人がやってきて、その長いパンをスイっと手で取り出すと、備え付けの紙袋にザッと入れて、小脇に抱えて持っていく。
誰もその棚の前で、迷ったりしない。
自分が毎朝食べるパンは、決まっているのだ。
少しほっそりした、一番プレーンなものが、圧倒的に売れる。
1本だけでなく、2本、3本と買う人もいる。
その手慣れた様子が、粋である。
値段も、他の食品に比べてうんと安い。
日々の暮らしに欠かせないものだからだろう。
私も真似をして、ボックスから一瞬どれにしようか迷って、ちょっと小太りのにしてスイっと取り出し、長い袋にザッと入れた。
紙は、クラフト紙である。
少し短くて、パンの頭が出るようになっている。
パンを持った瞬間、まだホカホカと温かく、焼きたてだ!と思ったのだが、熱がこもらないようにしてあるのだろう。
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ニューカレドニアのスーパーで出会ったフランスパンは、表面にはほんのり焼き色が付いて、中はふわりと柔らかい。
日本のバゲットには、表面がバリバリに固く、中は気泡だらけで、食べると口の内側に刺さって痛く、ちぎれば大量の破片が出るようなのがあるが、ああいうのとは大違いである。
もう40年近く前だが、私が通っていた小学校では、給食に丸型のフランスパンが出た。
それは柔らかく、けれども歯応えはあって、フランスパンとはそういうものだと思ってきたが、ニューカレドニアでも、昔食べたのと同じようなフランスパンが、正統として食べられている。
フランスパンを抱えてレジに並んでいると、右隣のレーンでは、地元カナック族の家族連れが、買った物を袋に詰めているが、10代後半と思しき大きな息子が、フランスパンの頭をちぎって、モグモグ食べている。
育ち盛りだし、焼きたてパンの誘惑には抗えないのだろう。
と、左隣のレーンでは、手にちぎったフランスパンの頭を持ったまま、焦ってお会計をしている白人の中年女性がいた。
どうやらこの町では、焼きたてのフランスパンの頭をちぎって、つまみ食いするのも、お決まりの朝の風景のようであった。
【画像出典】

