『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、俳優、片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。
今夜は、「ゼリーと辞書」の第1夜。
グアテマラでスペイン語学校を営む、片桐の弟とそのパートナー・ペトラさんの家には、いつも沢山の人が出入りしている。
そこで、片桐に訪れた出会いとは?
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一人の少年に、夢中になってしまった。
その少年は、お昼時になると、決まって弟の家に現れた。
この家には、何人か同じような年の頃の少年たちが出入りしていたが、中に一人、毎日のように来る子がいるのに気付いたのは、滞在して何日か経ってからである。
制服の紺のパンツから、開襟シャツをはみ出させ、通学カバンを背負って、その少年はやってくる。
最初のうちは、特に何をするでもなく、家の中をうろついて帰っていったが、そのうち必ず、お昼の食卓の私の向かいに座っているようになった。
親戚でもなさそうだ。
なのに、この家の子みたいに、お手伝いさんを仕切ったりしている。
この子は一体、何者?
毎日、何しに来るの?
ある日、私はたまりかねて弟に尋ねた。
弟の短い説明によると、彼はアンティグアの外れに大家族で住んでいて、アタバルに程近い中学校に通ってきている。
グアテマラの中学校はお昼までだから、学校帰りに毎日寄り道をしていく訳だ。
[中学校]
狭い家で、行き場が無いのか。
兄弟が多く、かまってもらえないのか。
2年ほど前から、ペトラさんに懐いて、午後中の時間をこの家で過ごしているんだそうだ。
名前を聞いて、驚いた。
フェルナンド。
冗談かと思った。
甥っ子のフェルナンドに、そっくりだったからである。
顔と言うよりも、その佇まいが。
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まるで、かつてのフェルナンドの幻のように、その少年は私の前に現れた。
この家の人たちは、大きい方をナンド、小さい方をナンディートなどと呼んでいるようだったが、私はややこしいので、簡単に大と小と呼び分ける事にした。
彼らは、体型がほぼ同じである。
見事なほどに、大小の相似形になっている。
デブと言うよりは、コロコロと言うのがふさわしい体型だ。
太っているのに、肩幅が狭い。
この国の男子にはよくある、なで肩体型だ。
短い首を押し潰すように、大きい頭が乗っかっているから、三頭身ぐらいに感じる。
この二人は子供のくせに、まるで大人の仕草や物言いをするところまで、そっくりだった。
三頭身がすかして足を組んだり、指の先で顎を摘んで、
「シー、シー」
つまり、
「イエス、イエス」
と、大人の話に相槌を打ったりするのだ。
何を話しているのか、フェルナンド小がペトラさんと対等に、すました身振りでお喋りをする様子は、子供には見えない。
ペトラさんも子供相手と言うよりは、同年輩の友人とお喋りをするような話しぶりである。
そんな二人を横目で見ながら、私は弟に、
「この子は何だ?
おばさんみたいだな」
と、囁いた。
その秘密は、彼のメガネにあった。
自分のメガネを壊してしまった小は、新しいのが買えなくて、ペトラさんのお古の金縁メガネをかけているのだ。
彼が小指を立てて、このメガネを持ち上げる様子は、まるで小金持ちのマダムのようだった。
そして彼が、そんな身に合わない仕草をすればするほど、より小癪なあどけなさが際立つ寸法に、なっていた。
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