2023/11/8 走ることについて語るときに僕の語ること③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、作家・村上春樹のメモワール『走ることについて語るときに僕の語ること』より、第8章を番組用に編集してお届けしています。


今夜は、その第3夜。


日々念入りにトレーニングを重ねた村上春樹は、その年の11月、ニューヨークシティマラソンを走った。


セントラル・パークの周りで、観衆がランナーに声援を送る。


だが、タイムは4時間を切れなかった。


そして翌年の4月、村上春樹は、7度目のボストンマラソンに挑んだ。


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レース前には、体調は万全のように思えた。


休養も十分に取った。


膝の内側にあった、違和感は消えている。


これほど順調に練習を積み重ね、レースに臨んだ事は、これまでに多分一度も無かったはずだ。


だから、近年に無く、いいタイムが残せるだろうという期待。


あるいは、適度な確信があった。


あとは、ただ貯まったチップを、現金に換えればいいだけなのだと。


その時は、何か別のものが、僕の背中を後押ししていた。


「暑い最中、あんなに一生懸命練習したんじゃないか。


これくらいのタイムで走れなきゃ、意味ないぜ。


男だろ!


やってみろや!」


と、それは僕に耳打ちしていた。


通学路で、ピノキオに誘惑の声をかける、小ずるい猫と狐のように。


そして、3時間45分というのは、ついこの間までの僕にとっては、ごく当たり前のタイムだったのだ。


パークに入って、例のダラダラした坂道に差し掛かった辺りで、右脚のふくらはぎに、急に痙攣がやってきた。


周りの観衆は、


「ゴー!


ゴー!」


と応援してくれるし、僕だって走り続けたいのは山々なのだが、とにかく足が動かない。


そのような次第で、今回もやはりあと少しで、4時間を切れなかった。


あんなに努力したのに。


どうして、痙攣なんてものに、襲われなくちゃならないんだ?


もし、天に神というものがいるなら、その印をチラリとくらい見せてくれても、いいではないか。


それくらいの親切心は、あっていいのではないのか?


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およそ半年後、2006年の4月に、ボストンマラソンを走った。


[ボストンマラソン]


僕は原則的に、フルマラソンを走るのは年に一度と決めているのだが、ニューヨークでの結果がどうしても腑に落ちないので、もう一度走り直してみようと思ったのだ。


ただし今回は、意図的にトレーニングの量を、グッと落とした。


ニューヨークであれだけ念入りに練習をして、思うような結果が出なかったのだ。


ひょっとしたら、練習のしすぎだったのかもしれない。


だから今回は、特別な練習メニューは設定せずに、通常よりも心持ち増量して走り込む程度にとどめ、難しい事は考えずに手なりでやってみよう、と思った。


「ふん、たかがマラソンじゃないか」


というくらいの、クールな姿勢で。


それで、どんな結果が出るものか見てみようと、腹を決めたのだ。


という訳で、ボストンを走った。


ボストンマラソンを走るのは、7度目である。


だから、コースは大体頭に入っている。


坂道の数も、曲がり角の様子も、一つ一つ覚えている。


走り方も、概ね分かっている。


もちろん、走り方が分かっているから、それで上手く走れるというものでは全くないのだが、さて結果はどうだったか?


【画像出典】