『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、生物学者・福岡伸一のエッセイ『ナチュラリスト〜生命を愛でる人』を、番組用に編集してお届けしています。
今夜はその第3夜。
自然の不思議を感じる心、センス・オブ・ワンダー。
ハッとする事、気付きの喜び。
今も、少年少女はドリトル先生の物語に心躍らせ、大人たちは風の匂いや光の粒を、懐かしく思い出す。
ナチュラリスト・福岡伸一が語る、ドリトル先生の世界。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドリトル先生は、アヒルのダブダブを信頼し、豚のガブガブを可愛がり、家族として、一緒に楽しく暮らしています。
どちらも家事を手伝い、ドリトル先生のために働きます。
今、私たちが抱える、生命と自然をめぐる厄介な問題を、もしドリトル先生に問うたら、先生は一体何と答えてくれるでしょうか?
ドリトル先生はしばらく考えた後、持ち前のひょうきんさと穏やかさで、きっと次のように言ってくれるに違いありません。
「それでは、儂に良い考えがある」
ドリトル先生の物語の舞台は、19世紀前半です。
この後、世界は一気に近代化されていきます。
産業革命が展開し、工業化が進みます。
強い国が、弱い国を植民地化していきます。
[産業革命]
ですから、ドリトル先生の物語なんて、まだ色んな事が、のんびりのどかだった時代の絵空事さと、片付けてしまう事は、いとも簡単です。
しかし今、だからこそ、ちょっとだけ立ち止まって、考えてみましょう。
それならなぜ、ドリトル先生の物語は、あれほどまで強く、私たち少年少女の心を捕らえ得たのでしょうか?
どうして、ドリトル先生の物語を思い出す事は、これほどまでに、私たちに懐かしさを感じさせるのでしょうか?
少し読むだけで、そうなるのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私たちに、最初にあったもの。
それは一体、何でしょうか?
それは、おそらく自然の美しさに打たれる事、精妙さに驚く事。
フォルムの奇抜さに、引き込まれる事。
動きのしなやかさに、魅せられる事。
温もりに、ホッとする事。
あるいは、風の匂いや光の粒立ちを、はっきりと感じる事。
そういう、一連の事ごとです。
それは、一言で言えば、"センス・オブ・ワンダー"と言う事ができるでしょう。
ハッとする事、気付きの喜び。
全ての事は、そこから始まります。
私たちと共に、最初にあったものは、紛れもなくセンス・オブ・ワンダーであったのです。
しかし、海洋生物学者レイチェル・カーソンが、著書『センス・オブ・ワンダー』で言う通り、つまらない人工的な物に夢中になる事、日常の良しなし事に紛れて、最初にあったものは鈍り遠ざけられ、あるいは自ら進んで、忘れ去られていてしまいます。
[レイチェル・カーソン]
大人になるとは、本来そういう事なのでしょう。
しかし、大人になっても、かつてのセンス・オブ・ワンダーは、完全に損なわれてしまう訳ではないはずです。
ほんの些細な手掛かりがあれば、全く同じではないにしろ、それを思い出す事ができるように感じるのです。
ドリトル先生の物語が持つ本当の意義も、ここにあるのではないでしょうか?
【画像出典】