2023/6/7 小川哲書き下ろし③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、第168回直木賞を受賞した作家・小川哲書き下ろしの物語を、5日間にわたってお送りしています。


今夜はその第3夜。


サッカーのイギリス・プレミアリーグ、マンチェスター・シティ対アーセナルの試合を見るため、日本からイギリスへやってきた男は、大観衆が見つめるスタジアムで、自分が応援するアーセナルの勝利を願っていた。


試合前のスタジアムのスクリーンには、ロックバンド・オアシスの、ノエル・ギャラガーが映っている。


スクリーンのノエルが言う。


「シティが勝つよ!


間違いないね!」


熱心なオアシスファンでもある男は、複雑な心境で、そのスクリーンを見つめていた。


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小学校に入学した年に、Jリーグが開幕した。


僕は、他の多くの子供たちと同じように、地元のクラブでサッカーを始めた。


ポジションは、フォワードだった。


[サッカークラブ]


小学校4年生の時、僕より背が大きくて、僕より足が速くて、僕よりリフティングが上手な、センターフォワードがチームに加入して、僕はベンチに座る事になった。


それ以来、僕のポジションは、ずっとベンチだった。


僕はお世辞にも、いいプレイヤーではなかった。


足はそれなりに速かったし、キックの精度も悪くなかったけれど、単純にサッカーが上手くなかった。


テクニックが無いし、視野も狭い。


同じチーム内にも、僕より上手な選手が、何人もいた。


でも、僕の頭の中には、いつも明確なイメージがあった。


ワンタッチでパスを出し、マークに来た選手の視界外へ動き出す。


パスを渡した味方が、僕をちらりと見る。


目が合って、僕は頷く。


僕の前方に広がったスペースにボールが出される。


僕は走る。


スライディングをしてきた相手の、一歩先へ。


僕の足が、ボールに触れる。


相手を置き去りにして、僕はボールを前に蹴り出す。


目の前には、ゴールキーパーだけだ。


僕は、キーパーの動きを見ながら、冷静にボールを浮かす。


ふわりと浮いたボールが、キーパーの頭上を抜けていき、ネットを揺らす。


ゴーーーーーール!


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僕の頭の中に、ゴールのイメージだけがある。


でも僕は、そのイメージを実現できない。


僕の実力が、足りてないからだ。


高校生の時、僕はギターを買った。


毎日練習して、学園祭で演奏もした。


僕の頭の中にあったのは、オアシスだった。


ゆったりとした前奏から、次第に音が重なっていく。


ホールに、歌声とギターの音が響き、観客たちと一体化する。


でも僕は、そのイメージを、実現できない。


僕には、才能が無い。


初めてアーセナルの試合を見た時、僕はこれだと思った。


僕の頭の中にあったサッカーを、完璧に実現しているプレイヤーがいた。


[アーセナル]


僕は一目で、ファンになった。


僕にはできない事を、僕には叶わない夢を、代わりに実現してくれている人たちがいる。


僕に足りなかったものを、持っている人たちがいる。


"ファン"とは何だろう?


どうしてファンは、自分とは関係の無い人の人生に、一喜一憂するのだろう?


自分の人生の一部を懸けてでも、応援したいと思うのだろう?


アーセナルは、僕自身だった。


僕が歩む事のできなかった、別の人生だった。


僕は、ピッチに立った11人の選手に、いつも願っている。


「どうか、僕の夢を、叶えてください。


僕が実現する事のできなかった、夢を」


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