2023/5/12 そして、ぼくは旅に出た⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、写真家 大竹英洋による旅の記録『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』を、一部編集してお送りしています。


今夜はその最終夜。


憧れの写真家ジム・ブランデンバーグに弟子入りするため、アメリカ・ミネソタ州北部の湖水地方を、カヤックで旅してきた大竹。


胸に秘めていた自然への思いを全てぶつけると、ジムはアシスタントという形ではなく、彼の下で写真を撮ってみる事を、大竹に提案する。


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僕は、ジムの提案がどんなに素晴らしい事か、すぐに理解しました。


狼の暮らすこの土地で、写真を撮り始める事ができる。


そして、その成果をジムに見てもらえる。


アドバイスだって、聞かせてくれるかもしれない。


もし弟子入りできたとしても、結局いつかは自分で自分なりの写真を、撮り始めなくてはならないのです。


僕は答えました。


「とても嬉しいです。


ぜひ、そうさせてください。


忙しくない時で構いません。


僕の撮った写真を、見てください」


「実は、ここから近い場所に私が所有する小屋がある。


崖の上に立っていて、見晴らしも素晴らしい。


今は誰もいないから、帰国するまで、そこに移ればいいよ」


[小屋]


話はそんな風にして、とんとん拍子に進んでいきました。


しかし、ある話題で、つまずいてしまいました。


「ところで、車はあるのかい?」


「いいえ、ありません」


ここは、街から30キロ近く離れています。


バスも通っていないので、車が無くては買い物もできません。


僕は答えました。


「必要ならば、イリーの街で車をレンタルします。


免許も、持ってきました」


しかしジムは、その答えには満足できないようでした。


「んー、それもお金がかかって大変だろう。


実は1つ、困った事があってね。


私も妻も、数日後にはここを離れる予定なんだ。


1週間ほど、その間、買い物にも行けない君を、独りで置いていく訳にもいかないし」


ジムはしばらく考えた後、何かを思い付いたようでした。


「そうだ、いい所がある」


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「ウィルは今、家にいるかな?」


「さあ。


電話してみたら?」


と言って、ジュディが持ってきた受話器を受け取ると、ジムは席を立ち、玄関に向かって歩きながら、誰かに電話をかけました。


電話の相手と挨拶を交わすのが聞こえ、やがてジムが電話を終えて、戻ってきました。


「良かった。


待つのにいい場所が見つかったよ。


彼の所も、森の中だ。


撮影だって、すぐに始められる」


「本当ですか?


ありがとうございます」


僕がお礼を言うと、ジムはこちらをじっと見つめながら、聞いてきました。


「ところで君は、ウィル・スティーガーっていう名前を、聞いた事があるかい?


彼は、ポーラー・エクスプローラーなんだ。


とても有名だ」


ジムは、僕が理解していないのを見て取ると、まるで、目の前に見えない球体があるかのように両手を広げ、その上下を指で挟むようにして、説明してくれました。


「ノース・ポール(北極点)とか、サウス・ポール(南極点)。


そういった所を、エクスプロー(探検)する人だよ。


犬ぞりなんかを使って」


僕は、それでもいまいちよく分からなかったけれど、犬ぞりと聞いて、何となく植村直己のような人かなと、想像しました。


ジムはさらに言いました。


その言葉には、これまで以上に力が込もっているような感じがありました。


一言一句、ゆっくりと念を押しながら、まるで僕の胸に刻み込むように、語りかけたのです。


「ウィル・スティーガーは、今現在生きている全てのアメリカ人の中で、最も偉大な探検家と称される男なんだ。


そして、君はこれから、彼の所で1週間暮らすんだ」


【画像出典】