『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、写真家 大竹英洋による旅の記録『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』を、一部編集してお送りしています。
今夜はその最終夜。
憧れの写真家ジム・ブランデンバーグに弟子入りするため、アメリカ・ミネソタ州北部の湖水地方を、カヤックで旅してきた大竹。
胸に秘めていた自然への思いを全てぶつけると、ジムはアシスタントという形ではなく、彼の下で写真を撮ってみる事を、大竹に提案する。
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僕は、ジムの提案がどんなに素晴らしい事か、すぐに理解しました。
狼の暮らすこの土地で、写真を撮り始める事ができる。
そして、その成果をジムに見てもらえる。
アドバイスだって、聞かせてくれるかもしれない。
もし弟子入りできたとしても、結局いつかは自分で自分なりの写真を、撮り始めなくてはならないのです。
僕は答えました。
「とても嬉しいです。
ぜひ、そうさせてください。
忙しくない時で構いません。
僕の撮った写真を、見てください」
「実は、ここから近い場所に私が所有する小屋がある。
崖の上に立っていて、見晴らしも素晴らしい。
今は誰もいないから、帰国するまで、そこに移ればいいよ」
[小屋]
話はそんな風にして、とんとん拍子に進んでいきました。
しかし、ある話題で、つまずいてしまいました。
「ところで、車はあるのかい?」
「いいえ、ありません」
ここは、街から30キロ近く離れています。
バスも通っていないので、車が無くては買い物もできません。
僕は答えました。
「必要ならば、イリーの街で車をレンタルします。
免許も、持ってきました」
しかしジムは、その答えには満足できないようでした。
「んー、それもお金がかかって大変だろう。
実は1つ、困った事があってね。
私も妻も、数日後にはここを離れる予定なんだ。
1週間ほど、その間、買い物にも行けない君を、独りで置いていく訳にもいかないし」
ジムはしばらく考えた後、何かを思い付いたようでした。
「そうだ、いい所がある」
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「ウィルは今、家にいるかな?」
「さあ。
電話してみたら?」
と言って、ジュディが持ってきた受話器を受け取ると、ジムは席を立ち、玄関に向かって歩きながら、誰かに電話をかけました。
電話の相手と挨拶を交わすのが聞こえ、やがてジムが電話を終えて、戻ってきました。
「良かった。
待つのにいい場所が見つかったよ。
彼の所も、森の中だ。
撮影だって、すぐに始められる」
「本当ですか?
ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、ジムはこちらをじっと見つめながら、聞いてきました。
「ところで君は、ウィル・スティーガーっていう名前を、聞いた事があるかい?
彼は、ポーラー・エクスプローラーなんだ。
とても有名だ」
ジムは、僕が理解していないのを見て取ると、まるで、目の前に見えない球体があるかのように両手を広げ、その上下を指で挟むようにして、説明してくれました。
「ノース・ポール(北極点)とか、サウス・ポール(南極点)。
そういった所を、エクスプロー(探検)する人だよ。
犬ぞりなんかを使って」
僕は、それでもいまいちよく分からなかったけれど、犬ぞりと聞いて、何となく植村直己のような人かなと、想像しました。
ジムはさらに言いました。
その言葉には、これまで以上に力が込もっているような感じがありました。
一言一句、ゆっくりと念を押しながら、まるで僕の胸に刻み込むように、語りかけたのです。
「ウィル・スティーガーは、今現在生きている全てのアメリカ人の中で、最も偉大な探検家と称される男なんだ。
そして、君はこれから、彼の所で1週間暮らすんだ」
【画像出典】