『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、フランスの博物学者ジャン=アンリ・ファーブル著『完訳ファーブル昆虫記』第1巻 上から、「スカラベ・サクレ 5月のレ=ザングルの丘で」より、抜粋してお送りしています。
翻訳は、奥本大三郎。
今夜はその最終夜。
体の全てを使って、糞球を作り上げ動かす、スカラベ・サクレ。
その行手を邪魔するものは、坂道や草の根っこだけではない。
しかし、運良く巣穴まで持ち帰る事ができたら、待っているのは極上の時間である。
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スカラベは、大切な糞球を、いつも1頭で運ぶとは限らない。
しばしば仲間に手伝ってもらっている。
と言うより、仲間の方が手伝いに来る、と言った方が良いだろう。
普通、こんな風に事が運ぶ。
球が出来上がると、糞虫は雑踏を抜け出し、収穫物を後ろ向きに転がしながら、仕事場から遠ざかる。
すると、一番後から来た連中の中の一頭で、自分の糞球作りには、まだほんの少し手をつけただけなのが、そっちの方はほったらかしにして、転がっていく糞球の方に駆けつけ、幸せな球の持ち主に、手を貸してやるのである。
持ち主の方は、この手助けを喜んで受け入れるように見える。
それからというもの、2頭の仲間は協力して働き、競い合うようにして、球を安全な場所に運んでいく。
[仲間]
夫婦でもなく、仕事の仲間でもない。
それでは、この見かけの上の協力には、どんな理由があるのだろうか?
何の事はない。
球を、奪ってやろうとしているだけなのである。
熱心に手伝ってくれるこの仲間は、手を貸してやろうとまことしやかに持ちかけて、実は隙あらば、球を横取りしようと企んでいるのだ。
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食料を地下の食堂に取り込んでしまうと、スカラベは隅に取っておいた残土で、住まいの入り口を塞ぎ、中に閉じこもる。
扉が閉められると、ご馳走の詰まった部屋の事は、外からは伺い知れない。
さあ、今こそ人生の喜び万歳!
全ては、最前の世界の、最前のもののために、という訳である。
食卓には、豪勢なご馳走がある。
天井は太陽の暑さを和らげ、心良い、しっとり潤いのある温かさだけを通している。
静けさも暗さも、外で聞こえるコオロギの合唱も、全てが胃腸の働きを助けてくれる。
こんな夢想にふけっていると、自分がスカラベの戸口の所で、虫たちが食卓で歌う、オペラのガラテイヤの、有名な一節を聞いているような気がした。
「ああ、なんて気分がいいんだろう!
周りのみんなは忙しそう。
そんな時、何にもしないでいるなんて!」
こんな宴の喜びを、一体誰が、かき乱そうなどと思うだろうか?
しかし、知りたいという欲望は、何事も可能にする。
そして私は、その無遠慮さを持ち合わせていたのである。
ここに私は、住居侵入の結果を記しておく。
糞球は、それ1つだけで、部屋がいっぱいになっている。
豪勢な食料は、床から天井まで達しているのである。
球と内側の壁との間に、狭い通路があり、そこに食事の仲間がいる。
多くても2頭。
大抵は、1頭である。
[巣穴]
腹を食卓に、背を壁に向けている。
一旦席を定めると、もはや動かない。
全力を上げて、食べ物を消化する事に没頭している。
ちょっとでもふざけたりして、一口分食い損ねるような事はしないし、食べ物をいい加減に齧ってみたりして、無駄にする事はない。
何もかも、順序正しく、大切に食べ尽くされなければならないのである。
【画像出典】



