2023/1/23 星の旅人① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、俳人・黛まどかの旅行記『星の旅人-スペイン 奥の細道-』より、一部編集してお送りします。


今夜はその第1夜。



作家パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』に触発され、キリスト教三大聖地の一つと言われるスペイン北西部の町、サンチャゴ・デ・コンポステーラを目指す黛。


フランス国境の町サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発し、800キロ近い行程の中で、残り3分の1の距離まで足を進めていた。


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夏草に 道分かれては また会いに


7月に入る頃には、スペインの午後の日差しは、表現しがたいほど強くなっていた。


そんな中を歩き続けたせいだろうか、アストルガに到着した私の体は、異常に熱を持っていて、めまいを覚えるほどだった。


[アストルガ]


巡礼宿でシャワーを浴び、洗濯を済ませても、体の芯にある熱は冷めなかった。


頭が重く、逆に寒気さえ覚えるようになっていた。


どうやら、風邪を引いたようだ。


寝袋に入り、目を瞑ると、私は泥の沼に吸い込まれるように、深い眠りに落ちていった。


夜8時。


目が覚めてリビングに行くと、メキシコ人のリカルドがいた。


ブルゴスの夜以来、2週間ぶりの再会だ。


私が、ブルゴスからサント・ドミンゴ・デ・シロスまで足を伸ばし、グレゴリアン聖歌を聴きに行った事を告げると、彼は言った。


「僕も初めはそうしようと思っていたのだけれど、他のクリスチャンの仲間に言われたんだ。


そんなのは、巡礼じゃあないって。


巡礼というのは、ただひたすら、聖地目指して歩く事だって」


少し間を置いて、私は言った。


「巡礼者たちは、競うように朝早く起き、我先にと猛スピードで次の目的地までを歩き継いでるけれど、私は、時には立ち止まる事も、寄り道をする事も、大切な事だと思うの。


道端に咲いている野花に足を止め、屈み、花の声を聴く事も、巡礼の一部だと思うわ。


でもほとんどの巡礼者は、野花に足を止めるどころか、急ぐあまり、踏んで歩いてるじゃない」


リカルドは反論した。


「僕たちは神、あるいはサンチャゴに向かって、一心に歩けばいいんだよ。


心を外に向ける必要は、ないんだ」


同じ道を歩いているように見える巡礼も、それぞれに別の道があり、違う風景が見えているのかもしれない。


そう、思うのだった。


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ラバナルからエル・アセボまでは、1500メートルの山を一気に登って下るという、厳しい道のりだ。


巡礼者たちは、朝4時半には起床し、続々と出立していく。


「さあ、みんな揃って出発だ」


エドウィンの掛け声で、皆一斉にリュックを背負う。


朝焼けの始まった山道に、巡礼者たちのシルエットが、長い列を作っている。


ふと、誰かが古い巡礼の歌『ウルトレーア』を口ずさむと、他の巡礼者たちが後に続いた。


「きっと1000年前も、巡礼者たちはこうやって励まし合いながら、歩いたんだろうね」


と、フィリップ。


『ウルトレーア』の歌声は、始まったばかりの今日の空にこだましていった。


村全体が廃墟と化している、フォン・セバトンを過ぎた辺りから、足の豆がついに悲鳴を上げ始めた。


ついに草原にへたり込み、靴を脱ぎ捨てた私に、後ろから来た巡礼者の一人が、声をかけてきてくれた。


「こんなに酷くしてしまったのでは、切るしかないわ」


幸運にも彼女は、医師だった。


消毒の痛さに私が声を上げると、通りかかった巡礼者たちが、次々と足を止めた。


後から治療に加わった外科医の巡礼者ホアンが、諭すように私に言った。


「手配するから、次の村まで、車で行きなさい」


しかし、私はどうしても歩きたいと言い張った。


600キロ以上歩き続けてきて、ここでほんの数キロでも車に乗る事など、できなかった。


エドウィンが、私の靴を拾い上げ、自分のリュックに結ぶと言った。


「みんなで手分けして、まどかの荷物を持とう」


ヨランダが、私のリュックを前に抱えると、ホアンは次の村で治療の用意をして待っていると言い、足早に去っていった。


そして、そこにいた10名近い巡礼者全員が、私の歩調に合わせて、ゆっくりと歩き始めたのだった。


【画像出典】