『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、芹澤桂のエッセイ集『フィンランドは今日も平常運転』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその第4夜。
フィンランドの長距離電車(VR)に導入された、エクストラという特別車両に、お連れします。
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フィンランドの長距離電車に乗っている。
最近、フィンランドの国鉄VRに導入された、エクストラという特別車両の一席だ。
[VR]
ちょっと料金を上乗せするだけで、ゆったりとした椅子。
誰とも隣り合わない、一人だけの窓際の席、電源プラグ。
[エクストラ]
それから、フィンランド人が色めき立つ、無料のコーヒーと紅茶がついてくる。
その横には、機内食で出てくるような、背の低い透明プラスチックに、アルミ製の蓋がついた水も置かれていて、国内の移動なのに、ちょっとした旅行気分になる。
コーヒーの入った大型ポットは、あっという間に空になったのは言うまでもなく、新しいポットがやってくるまで、みんなソワソワしていた。
[ポット]
車窓からの清々しいほど退屈な風景。
牧草、白樺、湖、白樺、松、時々太陽、の繰り返しの鑑賞もさる事ながら、人間観察が捗ってしょうがない。
言うなれば、日本のグリーン車に当たるこの車両で、私はビジネスに集中する愛すべき乗客たちと、安らぎの時間を分かち合うものだと期待していたのだけれど、必ずしもそういう訳にはいかなかった。
2時間半に渡る旅程で、最初の1時間ほどは、ノートパソコン相手にオンラインミーティングで、フィンランド訛りの英語を喋りまくる人がいて、うるさかった。
それが終わったかと思ったら、後方席で、イヤホン無しに動画を視聴する輩がいた。
このイヤホン無し族は、残念ながらフィンランドの公共交通機関では、びっくりするほどの確率で遭遇する。
イヤホン、1個も持っていないなんて事、ないだろうに。
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冴えない天気の秋の週末、朝10時に、地方都市を出発した電車の特別車両は、ヘルシンキに着くまでに、およそ2時間でほぼ満席になった。
斜め向かいの二人席に、6歳くらいの男の子と並んで座っている女性は、足元に寒さ対策だろう、カラフルな手編みの毛糸の靴下を履いて、ブーツは脱いでいる。
電車の中でくつろぐ際に、毛糸の靴下を持っていくのは、スリッパよりもかさばらないし、いい方法だなと参考になった。
私の座っているシングル席が並ぶ列は、見事にノートパソコンを開いた人ばかりで、土曜の朝だというのに、働いている稀有なフィンランド人を見る事ができる。
とは言っても、誰一人この車両だけでなく、4両編成の電車の、おそらく誰一人として、スーツを着ている人はいない。
隣のボックス席に座る女性一人客は、分厚いペーパーバックを読んでいる。
フィンランドは、よく本を読む、と言われている。
1車両のうち1割くらいは、紙の本を読んでいる人がいるから、本当なのかもしれない。
それから、日常的すぎて書くのを忘れがちだけれど、編み物をしている人も必ずいる。
そういえば、先日も通勤バスの中で、前に座っていた、ちょっと大柄で髪が赤く、ピアスをいくつも着けた、一見怖そうなお姉さんが編み物をし出して、勝手に温かい気持ちになった。
見る者を、何となく平和な気持ちにさせるのだ、この高尚な趣味は。
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