2022/11/11 シートン動物記⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、アーネスト・シートンの『シートン動物記』より「灰色グマの伝記」を、一部編集してお送りしています。


翻訳は、藤原英司。


今夜はその最終夜。


「ワーブの老年時代」


巨大で力強く、孤独なワーブも、衰え、やがて死を迎える。


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今から何年も前に、賢明な政府は、イエローストーン川の上流地域を、永遠に野生動物たちの保護地として、自然のまま保存する事に決めた。


[イエローストーン]


おとぎの国のような、この広大な地域の内部では、大詩人の理想が実現されていた。


つまりここでは、誰も動物を傷つけたり、脅かしたりしては、いけない事になっていたのである。


どんな鳥や獣に対しても、暴力を振るう事は禁じられ、原生林に斧を持ち込む事も、禁止されていた。


平和で、物が豊富にあるという事は、地上の幸せの全てである。


だから野生動物たちは、この領域にそれがあるという事を知ると、周りのあらゆる土地から、わんさと集まってきた。


熊は特に、泉ホテルの周りに、沢山集まった。


ホテルから400メートルほど離れた森の中の開けた場所に、支配人は食べ物の残りを毎日持っていって、捨てさせた。


すると、そこがいつの間にか熊の餌場になり、残り物を捨てに行く係の男は、やがて熊の酒盛り場の支配人になった。


ワーブは毎年、泉ホテルが流行る季節には姿を見せ、とても有名になった。


一度、公園に来ている熊に喧嘩をふっかけられて、辺りの平和を乱した事があったが、やがて大人しい行儀のいい熊だと、評判を取るようになった。


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ワーブは今や、全く打ちのめされ、落ちぶれて、ついに王座を奪われた事を感じていた。


ワーブは今、全く力が及ばぬような強大な敵のために、昔ながらの領地を追い出されていくのだった。


小さな尾根の上、はるか向こうに、ショショニ山脈の山々が、いかめしく厳然とそびえていた。


そこへ行けば、敵はいない。


しかも、その山々を越えた向こうには、あのイエローストーン公園がある。


だからワーブは、その道をどこまでも、どんどん進んでいかなければならなかった。


だが、ワーブが震える足を踏み締め、痛む足を引きずりながら、おぼつかない足取りで進んでいると、西風が死の谷の臭いを運んできた。


死の谷とは、いつかワーブが通りかかった場所で、色んな動物が死んでいた所だった。


小さな谷で、空気までが、死の臭いに満ちていた。


今、この小さな谷間には、ワーブの探し求めているものが、全て整っていた。


ここには、平和と苦痛のない眠りがある。


ワーブには、それが分かっていた。


一度も間違いを犯した事のない鼻が、今、


「ここだ!


ここでいいんだよ!」


と、ワーブに語りかけていたのである。


その時、ワーブの老いた体に、昔の勇気が、大波のように立ち戻ってきた。


ワーブは体を翻し、一気にその谷間へ踏み込んでいった。


恐ろしいガスが、ワーブの体に入り込み、大きな胸に満ち、力強い四肢や体の隅々にまで、染み渡っていった。


ワーブは、体中の力が抜けていくのを感じた。


ワーブは硬い岩の寝床で、はるか昔、グレーブル川の畔で、優しい母親の腕に抱かれて眠ったように、今、静かに永遠の眠りについた。


【画像出典】