『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、『JET STREAM in HAWAII』。
作家・池澤夏樹の旅行記『ハワイイ紀行』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその最終夜。
ハワイイ人が踊るフラ。
その言葉と踊りの意味を知れば知るほど、池澤はさらに興味を引かれていく。
例えば、首飾りのレイ。
花や緑の葉を編むレイはもちろん、貝殻でも作るという。
『ハワイイ紀行』第5夜は、ビショップ博物館に勤める、レイの専門家デイナの話。
ハワイイの伝統と人々の素顔に出会いながら、池澤夏樹の旅は続く。
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フラの先生ヴィッキー・ホールト・タカミネと会って話を聞いた時、彼女はレイを首にかけていた。
幾種類もの花を編んだり寄ったりして、ずっしりと重そうだ。
「とってもいいレイですね」
と言うと、
「友達に貰ったの」
という答えが返ってきた。
「今日はずっとこれをかけていようと思って」
そういえば、フラではレイも大事なものではないか。
競技会で踊る人たちは、みんなレイを頭に載せているし、特にカヒコの方の踊り手は、首や手首足首にもレイをしている。
[踊り手]
花のレイもあるが、緑の葉だけのものも多い。
踊りが激しいと、レイから葉や茎の破片が飛ぶ事もある。
だから競技会では、次のグループが出てくる前に、床を掃除する係までいた。
レイと言えば、つい観光客が空港で首にかけてもらうような、花を連ねた長いものを考えるけれども、レイにはもっと色々種類がありそうだ。
僕は、ヴィッキーに尋ねてみた。
すると、
「レイの話を始めたら大変。
フラと同じように種類も多いし、意味も様々だし。
いくら話しても、キリがないわ。
でも、レイの事を知りたいのなら、デイナに聞くのがいいと思う。
なんと言っても、専門家だから。
フラとレイの関係についても詳しいわ。
私も、大事な場で踊る前には、よく彼に作ってもらうの」
僕は、早速ビショップ博物館に勤務しているという、デイナ・カウアイ・イキ・オローレスに連絡を取り、ヴィッキーの紹介だと言って、話を聞かせてくれるよう頼んだ。
火曜日の午後、ビショップ博物館に行って、デイナに会った。
長髪で若い顔をしているが、実際には30代の半ばだろうか。
彼は何も知らない素人に、懇切丁寧にレイの事を教えてくれた。
デイナはカウアイ島の生まれ。
ハワイイ系の家に生まれ、伝統的な生活の中で育てられ、ハワイイの固有文化をたっぷりと身につけた。
そのおかげで、今はビショップ博物館で、レイをはじめとするハワイイ文物についての、専門家として働いている。
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「レイは、ただの飾りではない。
店に行って買うものでもない。
自然から霊力(マナ)を引き出すために、自分の手で作るものだ」
デイナが言う。
「僕のおばは、なんとなく元気がないなという時、僕たちに山へ行ってオラパの葉を採ってきてと頼んだものだ。
その葉を結んでレイを作るんだ。
そして、昼間は身につけていて、夜になると寝床に置いてその上で寝る。
そうすると、オラパのレイにこもったマナが、体に移ってくれる」
なるほど、と僕は感心した。
植物の使い方には色々ある。
薬草の事ならば、どの文化圏でもある程度は知られている。
しかし、身につける事で力を発揮するというのは、まさにハワイイ流のマナの考え方だ。
「ティーは知ってる?」
と、デイナが尋ねた。
ティーならば知っている。
ハワイイではどこにでもある小さな木で、小さい割に大きな葉が付いている。
「ティーは、邪心を払うんだ。
沢山の人の前に出る時、その中にはひょっとしたら、君を妬んでいる者がいるかもしれない。
そういう気持ちそのものが、本人の意思とは別に、良くない影響を与える事がある。
だから、人の集まりに出る時は、ティーの葉で作ったレイをしていく。
ティーは、精神的なのも肉体的なのも含めて、あらゆる害を払ってくれる。
煎じて飲むのもいい。
レイは、キノラウダと僕たちは言う。
つまり、神様の体。
神様の体を分けてもらって、それからマナを得る」
「それで、フラの場合は?」
と、僕は聞いた。
「フラの場合も同じ。
神様のために踊るのだから、そのための力をキノラウに仰ぐ。
それぞれの神様に合わせて、レイを作らなければならない」
ここでも自然観察者、自然素材活用者としての、ハワイイ人の感覚が発揮されている。
デイナは続ける。
「フラの時は、頭と首と、手首足首にレイを着ける。
頭のは、レイ・ボオ。
考えがよそに散らず、踊りに集中できるようにする。
首のは、レイ・アイ。
これは、声がナヘナヘ、つまり美しく優雅になるように着けるんだ。
手足のは、レイ・クペエ。
元々クペエは貝の一種で、昔はその貝殻でレイを作ったらしい。
今は、草やシダや花で作るけれど、貝殻のレイはニイハウ島の特産。
あの島は、花が少ないから、貝殻でレイを作った」
僕はもう、口を挟む事もせず、ただデイナの話を聞いた。
【画像出典】