JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、世界的指揮者・小澤征爾による自伝的エッセイ『ボクの音楽武者修行』より、一部編集してお送りしています。
今夜は、その第2夜。
大学を卒業して間もない、1959年。
ブザンソンで開かれた国際指揮者コンクールで優勝した小澤は、その年のクリスマスを、チロルの山の中腹にあるムッタースという村で、迎えようとしていた。
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村の教会の床は、石で出来ているので、冷たさが足にこたえた。
それでも荘厳な雰囲気に浸って、古い村の教会の中に、2時間くらいはいたはずだ。
教会の周囲には、沢山のお墓が並んでいる。
その墓石の前の雪は、綺麗にかき避けられ、そこに蝋燭が灯され、心尽くしの供物が色々供えられてあった。
教会から漏れてくる音楽と、雪山の静けさ。
墓石に映える蝋燭の、神秘的な炎。
それは、しんしんと胸の中に染み通ってくるような美しさである。
[教会]
キリストの誕生を祝う喜びといったものが、僕にも感じられた。
これが、本当の意味での、クリスマスイブに違いない。
その晩のミサは、僕たちが帰ってからも、まだ1時間くらいは続いたらしい。
イブはそんな風だが、大晦日になると、またガラリと趣向が変わる。
大晦日が、むしろ日本のクリスマスイブみたいなものだ。
それこそ、どんちゃん騒ぎの連続である。
夕飯が済むと、宿屋という宿屋では、この日ばかりは派手なダンスパーティーを催す。
みんなはそこに出掛けていく。
イブの晩に、村中の人が教会に集まったように、今度は宿屋のパーティー場に集まるのだ。
そして、田舎シャンペンをポンポンと抜き、酒盛りになる。
飲む者、踊る者、歌う者、女の子の尻ばかり夢中で追っかける者。
そうした人たちばかりが入り混じって、大変な喧騒と怒号の渦が、巻き立っていた。
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深夜0時になると、電気が突然消える。
なかなか点かないので、どうしたのかと、こっちはイライラした。
しかし外国人たちには、そんな気配は少しも感じられない。
時々、意味深長な笑い声が聞こえるだけだ。
暗くなれば暗くなったで、それ相応な楽しみ方を知っているに違いない。
僕は、日本を離れて毎度の事ながら、外国人の包容力の大きさに、感服してしまった。
ところが、やがて電気が点いてから聞くところによると、何の事はない。
電気はわざと消したのであって、その間は、誰にキスしてもいい風習なのだそうだ。
それを聞いて、惜しい事をしたと、僕は歯ぎしりをして悔しがったものである。
騒ぎはそれで終わりかと思ったら、そのまま翌朝の7時頃まで続いた。
僕たち日本人のグループは、とてもそこまでは付き合えないので、途中から帰って寝てしまった。
その頃、家へ出した手紙が何通かある。
「12月28日 チロルにて(絵葉書)
チロルへスキーをしに来た。
クリスマス、おめでとう。
新年、おめでとう。
雑煮や汁粉が、目に浮かぶ。
クリスマスイブには、この写真の教会に行って、ミサを聞いてきた。
この村では、ダンスや何かをやって、騒がない。
神様しか考えない。
スキーは10日やって、またパリに帰る。
沢山航空便を、ありがとう」
【画像出典】

