外脛骨切除・腱移行手術から7年。
7年経った今でも、手術した日を思い出す。手術の光景や入院中のこと、リハビリのこと。大変だったこと、辛い中でも楽しかったこと。人の優しさにたくさん助けられたことも。
年々記憶は薄れ、美化された思い出になっていることも複数あると思うけど、それでも毎年思い出す。
7年。言葉で聞くと長い気がするけれど、あっという間の7年だった気がする。
7年の歳月を経て変わったこともたくさんあるけれど、7年経っても変わらないこともたくさんある。
7年経っても、もう来なくていいと言わず、毎回、次はどうしますかと言って診続けてくださる執刀医の先生には本当に感謝です。
手術をするようなことにならないのが一番良いのだと思うけれど、手術をすることになったらその先にある明るい未来を創り出す努力をする。自分の力だけではできないことが多いから、援助要請する。
腱移行で弱った筋力に加えて、その前からある別部位の神経障害。神経障害が続いているのは脳の問題でもあるから、刺激を与え続けて感覚を再学習させていくという、地道でゴールのない戦い。
7年努力しても、できないものはできない。全力を出したって、失ったものが完全に戻ることはない。だから、今を大切にして、今できる最善を尽くす。ただし、10割ではなく、6・7割の力を心がける。100点を目指すのではなく、80点を目指す。結果が100点だったら儲けもの。
そんな気持ちになれたのは、手厚い周りのサポートがあったからです。そして、何年も変わらずにサポートし続けてくださっている方が多くいるからです。
100点を目指したくても、身体が言うことをきかない。頑張れば頑張るほど空回り。
自分はうつ病とは無縁だと思っていたけれど、このままだとうつ病になるんじゃないかと思った日。疲れる、寝れない、目が覚める、これまでやれていたはずのことが効率よくできない…。ひどくなる前になんとかしなきゃと思った。そんな時に出会ったいたみセンターの先生。整形外科医だけど、たくさん話を聞いてくれた。
「100点じゃなきゃダメなんか?テストで100点なんかこれまでそうとってきてないやろ?60点は落第点か?なんで100点ばっかり目指すんや?その思考に興味がある。」
6年前に興味を示してくださった先生は、6年経っても興味を示し続けてくださっています。まぁ、本当に興味があったのかや今でも興味があるのかは謎ですが、今でも定期的に経過観察をしてくださっています。
「これ以上できる治療はない。治る見込みは現時点ではない。頑張るのは俺たちや。」はっきりと教えてくれた先生。
積極的な治療法はなくても、それでも、次回の診察予約を入れてくださる。「元気そうやな、どうや?」から始まり、「その調子でいけや」で終わる毎回の診察。治ることはないけれど、悪化しないのは先生や先生が創ったチームの先生方のサポートのおかげ。
助けが欲しい時に、助けを求められる場所があり、人がいる。心に響く言葉、考えさせられる言葉をたくさんもらった。考え方が変わって、パワーアップした。先生に会って、また次の診察まで頑張ろうと思う。その繰り返し。もどかしい思いをすることもたくさんあるけれど、不安になることもたくさんあるけれど、何年経っても変わらずサポートし続けてくださっているから頑張れる。
今、再び学びたいと思い学校に通っている理由のひとつには、このような経験をしたことが関係しています。
受けた恩は、次の世代に還元する。
親や先生から教わったことを実践できるよう、私にできることをしていこうと思います。