こんにちは。バツイチの43歳独身男のいたろんです。 自分の離婚についてを整理する中で、自分の家族についてを良く考えるようになりました。これらの出来事を話していきたいと思います。
パチンコの帰り道で号泣した後、心が空っぽの状態になりました。
葬儀もほとんど覚えていません。涙も出ませんでした。
ただただ祖父との思い出を思い出していたのでした。
母方の祖父母は洋品店を営んでいました。
幼稚園の頃、母は店を手伝っていました。
自宅から祖父母の家まで自転車で30分ほどの距離。
幼稚園の帰りのお迎えはいつも祖父でした。
自転車で妹と2人乗せて、祖父母の家まで行っていました。
小学生の頃、洋服の直しを母の友人に頼んでおり、洋服を運搬するのは祖父の仕事でした。
ちょっと変わった風貌の祖父は、自分の友達が気味悪がっていました。その頃、祖父が他の祖父と違うことに気づきました。
年齢と共に少しずつ距離が離れていきました。
いつだったか、祖父から珍しく電話があり、近くで面白い自転車がたくさんあるイベントがあるから、行かないか?と誘われました。
すごく面倒で、行きたくないから断りました。
あれはいつだったか、祖父が体調が悪く退院したばかりの頃。
祖父が母と私を気にして、一緒に自宅まで送ってくれました。
母は体調も悪いんだから、大丈夫と何回も断っているのに、黙々と自転車をこぐ祖父。
自宅に着いたとき、母は泣いていました。
そんなことを思い出しながら、お経を聞いていました。
火葬場に向かう道中は、一番年上の孫である私が祖父の写真を持たされました。
母をその姿を見て、泣いていました。
いつも小さな私をおんぶしていた祖父。
そんな私が祖父の遺影を持つことに。。。
いつも余計な買い物をして、祖母に怒鳴られる祖父。
いつか、「じゃがいもはもう買はないでください」と張り紙がしてありました。
最後、祖父は病院にいくのを本当に嫌がっていたようです。体が思うようにいかないのに、買い物へ行ったそうです。
最後に買ってきたのは黒いマグカップ。それを置いたとたん、体が動かなくなって入院したようです。そのコップは今も仏壇にあります。
祖父が亡くなり、当たり前に存在している人が、存在しなくなる時が来ることを初めて学びました。
私が離婚する13年も前の話です。
知らなかった祖父の事実を知るのは大分後のことです。
~つづく~