過去のブログより。
若年者の抱える問題は多く、また青春は悩み
多い時間の連続と思われる。
われわれの青春時代と現代との差は、まず物
質的な豊かさの差ではなかろうか。
われわれは音楽で言えばレコード、テープ、
現代はCD、IPOD。
圧倒的な情報量の差が存在する。
映像もビデオからデジタル。
画や音がデジタルで豊富に瞬時に映像化され
安価で誰でも手に入る。
また、食品もインスタントラーメンがカップ
麺に、冷凍食品やレトルト食品の現在の豊富
さは隔世の感がある。
時代は物質的な豊かさに向かって突き進んで
いる。
いま、グローバリズムの名のもとに開発途上
国から豊富に食糧が輸入される。
食品の豊富さは今後も維持され続けるであろ
う。
その他の物の豊かさも維持されそうだ。
しかし、何か満たされないのは何故だろうか。
生活は昔より格段に便利になっているのに欲
求が満たされないのは何だろうか。
それは多分、現在は選択肢が非常に多い時代
で迷いが多い時代だからではないだろうか。
選択肢が少ない昔は、ある一定の段階で満足
するのが常で、今よりも平等感が格段に高か
った。
そういう意味では、1億総中流と言われた時
代の方が幸せな人は多かったのかもしれない。
今は、高度な消費社会に生きていて満足感に
乏しいことは前述した。
一方、「シェアエコ」のような抗大量消費の
動きに見られる物の浪費に対する忌諱感の高
まりは今後も続きそうだ。
「ゼロサム」の時代での意図的な成長路線は
、かの国のような鬼城の増産の愚の形を変え
た失敗を引き起こしかねないという見方とも
相まって控えめな消費が推奨されている訳だ。