さくらの頃 | ccrocoeさんのブログ

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こころ

おもい 徒然 

向いたとき


✻ 過去詩集を差し上げます。興味ある方はご一報ください。


わたしの母校である小学校は校舎が高台に建っていて、校門をくぐるとなだらかな階段が上に延びている。その傾斜地は桜が並木になっており、春になると桜花を見上げながらの登下校になった。
散った花弁は幅広の階段に敷かれ、風が桜色のさざなみを作った。小さな竜巻が生まれることもあって、その逆三角錐状に舞い上がる一瞬を目にしたときは、なにかとても神秘的なものを見たような気がして息をのんだ。

一年生だったと思うので、入学したその年の春だったのだろう。
散り積もった花弁には茶色に変色したものも混ざるようになっていた。咲いている花は見上げても散った花弁に注意が向く生徒は少ないようで、皆が無造作に踏みつけてゆく。そんな毎日を見送りながら、わたしのなかには一つの思いつきが芽生えていた。

ある日、わたしは小さなビニール袋を(こっそり)携えて登校した。その頃から(?)決して自発的とは言い難い性格だった。入学したばかりのそんな子どもにとって『言われもしないこと』をするのは相当の勇気を要する。たぶん小心者の泥棒みたいな心境だったとおもう、悪い喩えだけれども。
下校時間。
わたしは階段の途中でおもむろに立ち止まって手を伸ばし、積もっている花びらをそっと一掴みビニール袋に入れた。その瞬間
『なにしてるのー』っと友人が後ろから勢いよく飛びついてきて(心臓が飛び出るかとおもった、)わたしはもごもご言いながらそれをポケットに押し込み、笑ってごまかした。そしてそのまま一緒に帰った。

…(ノД`)……

綺麗なまま散る花びらが勿体無い。拾って画用紙に貼ったら綺麗に違いない、本物の花びらで画用紙に桜を描けたらすごく素敵じゃないか!
‥と、七歳のわたしは思ったのだった。
けれども。
ポケットに詰め込まれた花弁は無惨な状態になっていて、結局、画用紙に桜が咲くことはなかった。
わたしも、自分の我が儘(自由)な発想を半分でも実行できたことに満足して(だとおもう、)もう一度という気持ちにはならなかった。


それから二十五年余り。
ふと目にした光景に、わたしはあのとき出来なかったことをしようと思い立った。性格も興味の対象も当時とそう変わらず大人になってしまったが、若干の知識と経験が今回花びらを掬うことを安易にしてくれたとおもう。あのとき想像した通り、とても楽しい作業だった。


. 。: ・了*°