受け入れることと踏み出すこと | ccrocoeさんのブログ

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こころ

おもい 徒然 

向いたとき


✻ 過去詩集を差し上げます。興味ある方はご一報ください。


回復に欠かせないと言われてきたのは
『病気を受け入れること』
自分の背負ったリスクを認めること。

目に見えない障害は他人も理解しにくいが、自分だって理解し難い。
信じたくないことはつい目を逸らしてしまう人間の弱さもある。

現実は甘くない。
病気自体は見えなくても、症状は可視現象。
認めないことは
周りに迷惑を撒き散らすことに直結し
よって人間関係や信頼性に影響が生じ易くなり
己への失望、絶望感を増やす原因となる。
それでも認めることの恐怖は消えない。


憧れを抱く。
近づきたいと思う。
ルートを確認する。
踏み出そうと片足を上げ…
そこで気づく。
自分は病気なのだと。
一般的なルートは通れないのだと。
そして、自分でも辿れるルートは自分で開拓するしかないことを。

病気を受け入れるとは、あらゆる未来へ向かう道を自ら開拓してゆく、その苦痛や不安を受け入れること。

大抵、生きるだけでいっぱいいっぱいになってしまう開拓作業に
憧れや夢へステップアップする余裕は乏しい。
しかしだからこそ強く望み、諦められず、束縛され続ける。


踏み出したい、と思うのは
まだ、受け入れていない、ということなのか。
踏み出さない人生、それは何のための人生?
何のための生きる努力?

諦め続ける人生は、挑み続ける人生よりハードだと思う。諦め続けて生き続ける人生は。


受け入れて、踏み出す。
それが可能な道が開拓できるとすれば
その先にある憧れも既存の姿ではないだろう。
目指す姿はなく、道もない。
だけど今が在るわたしは歩まなければならない。
何を映していなくても
顔は上げて、前とおぼしき方向を
みている。



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