最近の私はヨガとピラティスを好んで行なっている。

 

朝ヨガがまた良くて、習慣にしていきたいことの一つだ。

 

以前は朝散歩に使っていた時間を当てはめ、朝のルーティンを組み替え

朝ヨガを入れ込む。

 

 

気持ちよく「生きること」を楽しむ、これは当面の私のテーマである。

 

 

体の声を聞くようになって、メンタルにも様々な変化が生まれてきた。

 

 

以前は「良い人でいなくてはいけない思い込み」に囚われまくって

まるで女優のようによそよそしく暮らしていた。

 

思いつく善意的なことは行動しない方が悪だと思っていた。

 

ただ自分たちのために生きていくだけ、生活しているだけなのに、

毎日が自覚できないストレスでいっぱいだった。

 

 

劇的な生活の変化はないけれど、筋肉が少しづつ付いていき、

持久力が知らない間に伸びていった分、

 

自然と本当の自分を受け入れる余白ができ始めた。

 

 

それはまるでアハ体験のように一見どこがどう変わったのか見つけられないくらいの

分かりにくいグラデーションで起こる変化で、

 

 

以前はいてはいけないと排除することに必死になって否定していた

認められない嫌いな自分を見つけても、

見つけたその瞬間少し葛藤はするけど

 

受け入れることが出来るようになった。

 

最後は穏やかに「あぁ、これも自分のパーツの一部だよね」と。

 

 

これはハウツーなどでどうにかなるものではなく、

 

実践したものだけが、

逆に言えば実践すれば誰でもできるようになることだと思う。

 

 

今まで嫌いな自分を受け入れる、とか、シャドーと統合するとか、沢山読んで

理屈で理解しても、実際にできてるまで至らなかったように思う。

 

それはやっぱり頭だけで考えていたからで

 

植物に光と水が必要なように

 

体と頭がセットで動くことで初めて受け入れる受け皿が生まれるんだと思う。

 

 

 

体と頭を満遍なく動かすことで魂が発動していくのかな?

とかも思う。

 

とにかく

人間はそんなに高尚ではないから、嫌いなところのない人なんていないだろうなと

 

理屈や頭ではない、どこか別のところで府に落ちた感がある。

 

 

そしてその別のどこかが、魂(スピリット)なのかなと思ったり。

 

 

 

この先は、この「別のどこか」の感覚がとても大事で

無くさないように、

より研ぎ澄ましていくことが、自分の人生のキーな気がしてならない。

 

 

私に合うのはウォーキングよりヨガであると分かったので

今後も、より時間を割いてヨガやピラティスを楽しんで行きたいと思う。

 

 

 

そしてまたある日突然何かまた違うことを閃くんだろうな。

 

 

 

 

今日も私の呟きにお付き合い下さり、読んでくださってありがとうございます。

 

 

あなたの人生に輝きが増しますように。