先日、39回目の誕生日を迎えました。
ここ最近本当に自分の年齢が分からなくなってきていて
「あれ?40歳なった?あ、まだか」って感じの誕生日幕開け。
子供達におめでとうの言葉と一緒にプレゼント(という名の納戸の奥から掘り出してきたであろうガラクタ)
をもらい、改めて私も母親になったんだなぁと感じた。
振り返れば30代は本当に色んなことがありすぎた。
忘れもしないが30歳誕生日の翌日に癌の告知を受けた。
なんせ30歳節目の誕生日なので、友達が誕生日パーティ(若い!)を計画してくれていた。
でも、もちろんパーティに参加するメンタルではないので、
幹事の子にだけ事情を説明して「みんなには上手いこと言っておいて」とお願いをした。
後日色んな友達から「お腹大丈夫やった?」「もうしばらく牡蠣は食べんときや」と言われ、『あ、牡蠣にあたった設定なんやな』と悟った。
1か月前くらいにも本当に牡蠣にあたってダウンしてたので、そりゃ「もう食べるな」と言われるよね。
告知はされたものの、色んな検査をしている中で私が想定していた最悪よりは全然良いと思える内容だった。
それでも、しばらく休職して、手術を受けたり隔離施設での特殊な放射線治療を受けたりと本当に色々あった。
職場では絶対に泣かないと決めて働いてきたけど、会社の人に病気を伝えた時は涙が止まらなかった。
それでも今、まだ継続して通院しているとはいえ、安心して元気に過ごせている。
今現在、病気の不安や痛み、苦しみと戦っている方が大勢いらっしゃると思うと、
私はどうしても自分の闘病生活を語る気になれない。
闘病中はブログから情報収集したり勇気をいただいたりしていたので、
情報発信してくださる方への感謝はあるし、その必要性もすごく感じてはいる。
でも、どうしても今自分が渦中にいるわけではないので、
勝手に申し訳ない気持ちになってしまって情報発信をできる気がしない。
今は当事者の方の苦しい気持ちに共感し、微力ながらも励ませる存在になりたいと思っている。
そんな思いがあったから、数年後に「治療と仕事の両立」「健康経営」
といったテーマの担当者になった時には誰よりも目的意識をもって仕事に取り組めたと思う。
(私の既往歴を知らない上司に変わっていたので、既往歴のある私を意図的に担当者にした訳ではない)
退職した今も、病気になった社員から連絡をもらったりする。
連絡もらえる事を嬉しく思うし、少しでも自分にできることを全うしたいと思う。
いつかは病気との両立支援の仕事に、もっとちゃんと携わりたいな、と思ったりもする。
病気になんて絶対にならない方が良いに決まってるけど、
なったからこそ得たものも間違いなくある。
あるあるだとは思うけど、やっぱり価値観が変わる。
リアルに「死」というものと向き合ったので、今はボーナスステージを生きている感じが根底にある。
何をしていても灰色一色の「色のない世界」から徐々に色を取り戻して、
カラフルな世界に生きているだけでラッキーなのに、結婚して子供まで産んで知らなかった世界を沢山見れた。
そのことへの感謝は常にある。無かったかもしれない時間を生きている。
それでも絶対にいつかはまた病気になって、死と向き合う時がくる。
その時に、ボーナスステージしっかりやりきったって思いたい。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとは本当にその通りで、
時間が経つにつれて健康でいられることへの感謝が薄れていってる。
39歳の誕生日を機に大切なことを思い出せて良かった。
癌の告知からスタートした30代、
この後には結婚、アフリカ、双子出産、育児と仕事の両立、そして退職が待っているのだ。


