真の愛国教育とは何か?米国人留学生に気付かされた「道理」―中国ネットユーザー
http://news.livedoor.com/article/detail/8443935/
2014年1月17日、中国のネット上に投稿された、あるユーザーの体験談が注目を集めている。以下はその概要。
私は中国に留学に来ている米国人の友人に、「日本はかつて真珠湾で米国を攻撃した。安倍首相の靖国参拝は米国人の感情も傷つけるんじゃないのか?」と聞いた。
彼の答えは意外なものだった。「モンゴル人はかつて無数の中国人を殺した。モンゴル人がチンギス・ハン生誕851周年を記念したら、中国人の感情は傷つくかい?」と聞き返してきたのだ。私は答えに詰まった。
その後、彼は「米国人はあまり恨みを覚えていない。なぜならふつうはその場で晴らしてしまうからだ」と話した。事後にあることないことを言うのは、彼らの性分ではないのだ。
戦争を仕掛けた東条英機も、真珠湾攻撃を立案した山本五十六も、米国はみな靖国神社に祭った。「戦争には勝った。家族が参拝することはなんでもない。本人はすでにいないのだから」
米国では毎年5月の最終週の月曜日が、戦没将兵追悼記念日と定められている。「君たちはとてもおかしい。暇さえあれば、日本人の靖国参拝に抗議している。いつになったら党の見方を捨てるのか。世界中の華人で共通の日を記念日と決めて、その日に国のために戦った英雄を供養すればいいじゃないか」
私は考えた。中国の戦士が国のために犠牲になった。それは日本も同じではないか。日本が自国の祖先を参拝するなら、われわれもそうすればよいのだ。「愛国、愛国」というが、本当の愛国教育とはそういうものではないか。
「日本人が靖国参拝を諦める」などと考えるのは、夢物語だ。小泉や安倍をいくら罵ったところで、叫べば叫ぶほどばかにされる。これほど簡単な道理なのに、多くの人は死ぬまで気付かない。かくいう私も、気付いたばかりなのだが。
【ねこ目】
>私は考えた。中国の戦士が国のために犠牲になった。それは日本も同じではないか。日本が自国の祖先を参拝するなら、われわれもそうすればよいのだ。「愛国、愛国」というが、本当の愛国教育とはそういうものではないか。
これと同じ思考で考えれば、Chinaや南北朝鮮の反日言動がおかしいことは誰の目にも分かる。
なのに・・・。
日本人の中にはいまだに「日本の常識は世界の非常識」と言う人がいる。的を得た表現とばかりに使う人たちの国際経験の有無は問わないとしても、国際社会の中で"日本"人として確立していない人であることは推測できる。きっと都合よく"外国"人になりきっているつもりなのだろう。
昨年末の安倍首相の靖国参拝に、アメブロ内でも「日本の常識は世界の非常識」を用い、正論とばかりに主張したいらしいブログを目にした。メディアの政治的思惑を含んだ上辺だけの情報を、それがあたかも国際世論と信じる平和ボケにはうんざりしてしまう。
取り上げた記事のChina人も決して親日ではないことは分かる。しかし知人のアメリカ人留学生のシンプルな考え方に触れ、中共に植え付けられ、自己内に持ち続ける矛盾に気づく。
それが・・・
>日本が自国の祖先を参拝するなら、われわれもそうすればよいのだ。
ということ。その理由は、
>「・・・家族が参拝することはなんでもない。本人はすでにいないのだから」
という、とてもシンプルな道理であり、これこそが人間らしい感性ではないか。この基本に素直であればいいだけのことに気づいた本文中のChina人同様に、歪みの方向は異なるが、平和呆けに麻痺している日本人にも気づいてほしい。日本を利用するだけの日本人や在日にとっては、分かっていても永遠に素直になれないであろう。