ノーベル文学賞最有力に村上春樹氏、中国のファンたちの反応は―中国版ツイッター | ねこ目

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ノーベル文学賞最有力に村上春樹氏、中国のファンたちの反応は―中国版ツイッター

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121001-00000012-rcdc-cn

2012年10月8日、今年のノーベル各賞の受賞者が発表される。今回は作家の村上春樹氏がノーベル文学賞の有力候補とされ、化学賞と医学・生理学賞と合わせて日本人の3人の候補者の中に挙げられている。

先日、英大手ブックメーカー・ラドブロークスが発表した受賞者予想オッズ(掛け率)では、村上氏が文学賞部門で1位の人気。これまで幾度も同賞を受賞するだろうと言われ続けてきたが、今年こそ受賞となるのだろうか。村上人気の高い中国語圏での意見を、“中国版ツイッター”とされる簡易投稿サイトで探った。

「彼の受賞を静かに待とう。もし今年が無理でもいつか必ず受賞するだろう」
「彼の才能はとてもではないがノーベル賞で測れるようなものではない。彼の行いはこのくだらない世界にポジティブなパワーを与えてくれる。彼の作品を愛する無数の読者の1人として、(受賞最有力へ位置づけられたことに)感動し、また誇りに感じている」
「彼は民衆に視点と気概を与えてくれる。彼が受賞したとしても何らの疑問も異議もない」
「彼が受賞することを心から願う。彼の綴る言葉には、文学をいしずえとした理想主義的な生活の哲学と、巨匠らしい言葉のエネルギーがそこかしこにあふれている。澄んだ池に彼のエッセンスが一滴でも放たれれば、その池には生命の息づかいがあふれ出す」
「こんなあほらしい賞を彼は受賞すべきではない!これまでの受賞者を見てみるがいい、これまで選に漏れた作家たちを見てみるがいい!ノーベル賞が好むのは、政権批判をして迫害された作家ばかり、難解で読みづらく冗長で、ストーリ性のない作品ばかり。作家は政治に関心を持つべきかもしれないが、それ以前によき作家であれと言いたい」

中国では尖閣諸島領有問題における反日感情の高まりで、書店から一時日本人作家の書籍などが消える措置がとられたばかりだが、これを受けて以下のような意見も聞かれた。

「日本人作家の作品を封印するなんてまったく必然性がない!こんな子供じみたお遊びはやめてくれ!13億もの人口を抱える中国からは、幾人のノーベル賞受賞者も出せないじゃないか。おまけに、前回の受賞者は刑務所の中じゃないか!情けない!(※昨年の受賞者=劉暁波(リウ・シアオボー)氏:2010年、中国在住の中国人として初のノーベル賞を受賞。祖国の民主化を唱え、刑務所の中でのノーベル平和賞を受賞する)」
「文学に対する極端かつ狭心な愛国主義!」

(以上、本文記事終わり)



【CCJE】スタッフより

本文記事を読み、日本人の中には「まともな中国人もいるんだ」と思われる方もいるだろう。人口比から見ればいないに等しいかもしれない。しかし、まともな"人間の感性"を持つ中国人(漢民族)もいるのは確かだ。

これが文学や芸術ではなく、「生活日常品」という全く異次元の括りで考えた場合、さらにまともな中国人は増える。日本製品、日系メーカー品への不買運動が高まっているように表向きは見えるが実際は違う。バイド(中国最大手の検索サイト)で「日本が好き」と検索でもしようなら、香港も含め、漢民族の生活の中でどれほど日本製品が信用され、日常的に愛用されているかが分る。但しこれも人口比で見れば(あくまで筆者の想像だが)、10分の1もいるだろうか。そうだとしても日本の人口と同等であり、日本国内市場だけでは厳しい日本メーカーにとって、やはり中国市場は魅力的であることは間違いない。

これをさらに「粉ミルク」というアイテムに落とし込んだ場合、高い確立で「中国の粉ミルクは危険、日本の粉ミルクは安全、良質」と認知している者は多いだろう。ここまで生活の中に落とし込んだ部分で見れば、そこでは日々の生活が最重要であって、反日かどうかなんて国民の本音は「どうでもいい」のである。それでなくても愛しい「一人っ子」。自分は1元のお粥を流し込む食事に平気でも、愛するベビーには300~500元の粉ミルクであっても、安心安全なら迷わず買うのだ。この価格は中国人の平均給与の10分の1以上だ。この経済層の本音は、反日かどうかより、値頃で安心して買える粉ミルクすら市場にない中国(政府)に不満なのだ。ちなみに、反日やらせデモに参加した若者達は、高いと思いながらも必死で粉ミルクを買う経済層よりさらに下、日々の数元のお金にさえ困っている連中だ。1元のお粥にするか、2元のパンにするか、朝から晩までその1元に我が身を苛んでいる。但し中国は面子の国。人前ではそうは見せられない。だからガスが溜まる。ガスが抜けるとなれば暴徒と化する。それほど日々の生活が苦しいのだ。

本文記事に話を戻すが、文学にうんちく言える層は、デモを起こす層よりも人間らしく感じる。しかし実情はもっと複雑だ。文学にあれこれ言う層は経済的には豊かな層だ。日々の生活費の心配はない。何よりこんな思想や情報の偏る中国で、海外文化に触れる機会が多い生活環境なのだから、食べる事以上に生活文化にお金が自由な層なのだ。だとすれば、ネットで自由気ままにグローバル思想を語るのは、役人や恵まれた経済環境で育った子女が多いと考えられる。全ての人がそうとは言わないが、中国にはこんな"矛盾"がたくさん存在する。