1人遊び | いろいろ諦めないことにした40代独身女の日記
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長らく行けてないですが、1人焼肉も1人映画も、相当楽しいです。
相手が必要な対戦型の遊びとアウトドア系以外のほとんどは、1人でも楽しいです。


でもひとつ、未だに楽しかったのかどうかすらわからない、数ヵ月でブームが去った1人遊びがありました。
「回文」作りです。


もう15年以上前ですが、茨城県の鹿嶋市に住んだことがあります。
定年退職した父が、「海の近くに住みたい」と、鹿嶋市に家を買ったのです。
父と2人で江古田から引っ越したのですが、2人とも車の免許がないという、今思えば無謀な引っ越しでした。


父にとっても憧れの田舎暮らしは想像以上に過酷で、わずか1年で家は売りに出しましたが、売れるのに3年かかってしまいました。
車が必須な生活環境に免疫がない私達には、非常に住みにくい場所でした。


最初の数ヵ月は、仕事もなく、友達も知り合いもいなく、完全に引きこもりニートの生活でした。
映画館も本屋もなく、歩ける範囲は自然ばかりで、本当にやることが何もなかった。
時々高速バスで都内に遊びに行くのが、唯一の楽しみでした。


その頃に、きっかけは忘れたのですが、暇すぎて回文ばかり考えるようになりました。
お金がかからず道具も不要で、時間だけは無限にあるという今では考えられない状況下では、最適な遊びでした。


最初は、
「吉田だしよ」
「シャイな医者」
「食い溜め大工」
程度だったのですが、

徐々に、
「痛くねえネクタイ」
「リモコンてんこ盛り」
「デスマッチ妻素手」
「まず照り焼きやり手妻」
等、長くなっていきました。

末期には
「マジで仕切り屋力士出島」
くらいは長くないと気が済まなくなっていました。


見るもの全てを逆さまにしてみる癖がつき、何かに取り憑かれたようでした。
作品ができるたび、遠く離れた東京の友人にメールで送ったりしましたが、毎回回文で応酬してくれたのは只一人でした。


四六時中回文考えてるとか絶対おかしいし、たぶん病んでいたと思われます。
が、メールの内容的に病んでることがまるで伝わらないので、心配してくれる人はいませんでした。


やがて、車の免許をとって行動範囲が広がり、仕事も始めて友人もでき、どうにか社会復帰を果たし、回文のことは忘れていきました。
私が知る限り、最も低コストで地味な1人遊びですが、またやろうとは思えません。