風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言 -184ページ目

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。


風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

・・・・・・輝く太陽と、抜けるようなBlue Sky。

それらが贈ってくれたもの。



それは、まばゆいばかりの雪の白さだった!!




風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

・・・・・・・八海山の白き輝きも、未だ続く。

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……またしても、新潟県だけ大雪注意報(笑)。


今日は、こんな日に限って職場の送別会です。
会場と自宅は40㎞離れています。こうした時、いつもは車を自宅に置いて電車で行って帰って来るのですが、もし帰りの電車が雪で止まることになったら……(汗)。
それを考えると、今夜はアルコール抜きですね。
タクシーor代行なんて、40㎞の距離では幾らかかるか知れたものではありませんので。
※わざわざホテルに泊まるのも、会社に泊まるのも御免です(笑)
……東日本大震災発生から一夜明けようとしていた3月12日早朝4時頃。
睡眠中の私の住所を強力な揺れが襲いました。
「昨日発生した地震の余震だ」
そう信じた私がすぐさまTVを点けると、驚愕な情報が!

最大震度6強。
なんと震源地は新潟県南部(当時発表)とのこと。
アナウンサーは「昨日発生した地震の余震ではないが、誘発された可能性がある」と説明。
薄ら寒い恐怖を感じたのを覚えています。

後に「長野県北部地震」と名付けられたこの地震により、新潟県内の十日町市から津南町と長野県の栄村を中心に大規模な土砂災害が起き、住民は一部孤立。鉄道は破壊され、住居や農地を失った人々が多数発生しました。

現在でも避難生活を続けておられる方々も多く、未だ進まぬ農地の復旧を諦め、他の地域へ移住する方々もおられます。

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〈HARIMAのよく訪れる長野県栄村の道の駅〉(写真は一昨年のもの)

私もこの秋に長野県北部を訪れましたが、新潟県境の山間部の国道では未だに路面にヒビが入り凹凸の激しい区間がありました。
栄村の道の駅には、この地震による山崩れ、建物の倒壊、道路や橋の崩壊の現状を伝える写真が多く飾られていました。

新潟県内にも、甚大な被害をもたらした長野県北部地震。
地元ラジオを聴いている限り、ほぼ同時に発生していた東日本大震災に集中した報道により「隠れてしまった」「自分達は忘れ去られてしまうのではないか」と不安を訴える被災者の声もありました。

新潟県中越地震。
新潟県中越沖地震。
そして長野県北部地震。
ここ10年以内に立て続けに大きな地震に見舞われ続けてきた新潟県ですが、地震だけでなく大水害、豪雪という自然災害も併せて?経験し「大自然に立ち向かう人間の力の限界」を身に染みて思い知らされながら生きているような、そんな気がいたします。

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……この花は、もうすぐ小学校を卒業する我が子が、先日行われた最後の発表会の時に、両親への花束贈呈ということで私達夫婦にくれたのを生けたものです。

綺麗です。
とても小さな花束でしたが、これまでの生涯の中で、こんな嬉しい花束を頂いたのは初めてでした。

しかし。

昨年の3月11日を境に、こんなささやかな幸せまで失われてしまった、大変多くの皆さんがおられます。
そのことを決して忘れず生きて行かねばと、同時に改めて感じています。

・・・・・・・まだ積雪も豊富に残る私のホーム・ゲレンデですが、

この3月4日に早々とシーズンを終えました。


風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

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コースには御覧の通り、まだ充分に滑れる雪が残っています。


しかし昨シーズンより、我がホームは3月の第一日曜日を最終日とし、クローズとなっています。



何故だか、おわかりでしょうか?



それは、このゲレンデが生き延びる為です。



・・・・・・・先日お話した、2009年発表の廃止予定5ヶ所の市営スキー場のうちの一つに、我がホームも入っていました。

発表直後のスキー・カーニバルは、最期のカーニバルとなるかもしれませんでした。

メインイベントの子供達による松明滑降の時に、当時中学生の女の子がアナウンスで呼びかけました。


「本当に、無くしてしまうんですか!?この私達の大切なスキー場を、大人の都合だけで無くしてしまうんですか!?」


呼びかけた相手は、カーニバルの来賓として来ておられた市長でした。


その時の市長の表情も、苦渋に満ちていたように私には見えました。



それから3シーズンが過ぎようとしています。

このゲレンデは「経費節減」という選択肢の上で存続を続けています。

それは営業期間(日数)の大幅な短縮と、ナイターの全面廃止(17;00営業終了)、平日の運行リフトの限定という手段によって行われています。


これ程の雪がありながらクローズする理由は、そこにあるのです。



でも・・・・・・



私はそれでもいい。


このスキー場が存在してくれるなら。


どんな形でもいい。


このゲレンデに生きていて欲しいのです。


今は明日をも知れぬ状態かもしれないけど


名前を言っても多くの人の知らないスキー場だけど


必要としている私達がいる。



これはスキー場だけでなく


人も同じだと思う。


たとえ今が大変な時でも


生きて欲しい。


生きていて欲しい。




私の願いです。