上越国際スキー場と六日町スキーリゾートの間に位置し、リフト本数は全6本程と決して大きくはないゲレンデだが、入り口によって吉里ゲレンデと一本杉ゲレンデの2つに分かれている。
このシャトー塩沢こそ、物心着いたか着かないかくらいの私が初めて立って以来高校時代までの少年期を過ごした、本来のホームゲレンデだった。
その吉里・一本杉2つのシャトー塩沢ゲレンデを束ねた頂点、スキー場最上部には通称「ガキ山」と呼ばれる急斜面コースがある。
何故、このような呼び名となったのかは私も未だ知らない(正式名称でもない)。
ガキ山は全長200M程の決して長くはないコースだが、とにかくコブ(当時はギャップと呼んでいた)で敷き詰められた急斜面だった。
初めて私がガキ山を滑ったのは小学4、5年生くらいの頃だったと記憶している。
シャトー塩沢は上に行く程コースの難易度が上がるスキー場で、それまではガキ山の真下コースまでは行けていた。
ガキ山の斜度は私自身の記憶が定かではない為、現在のホームページで確認したら37度もあった(そんなにあったっけ:驚)。
生まれて初めてそんなコースのスタート地点に立った小学生の私にとって、ガキ山の斜面は「崖」そのものに見えた。
1970年代当時のギャップ(コブ)はかなり大きめで、頂上から見下ろすと「ふたコブラクダの群れ」に見えた。
そのギャップの間をスキーヤーが見え隠れしながら降りて行くのが見えた。
私は意を決して「崖から身を投げ出す」ように下るが一気に滑り降りることはできなかった為、途中端っこのギャップの上で一休みしながら降りた記憶がある。
その横をスピード狂の同級生が奇声を上げながら直滑降して行ったりしていた。
シャトー塩沢のガキ山を滑ることは、当時私の通う小学校の子供達にとって一つのステイタスで、成長の証しでもあったのだ(笑)。
……奇しくも先日、石打丸山スキー場の山頂ゲレンデを滑った時。
あの頃のワクワク感が蘇った瞬間があった。あの時と比べ小さかったがコブも出来ていて、脚がツっていたにも関わらず病みつきになりそうな気分の私であった(笑)。
……あの頃。
ガキ山のギャップの上をポップコーンのように跳ねながら駆け降りていた幼き友人達は、今も板を履いているのだろうか。
