昨日の授業参観は、意外な展開となりました。
通常は、子供達の授業を教室の後ろから親達が黙ってずーっと立ち見するスタイルが所謂標準の授業参観というものと思われますが、昨日私達夫婦の行った時間は教室内の机を小さなグループごとに分けて、子供達の行った地域社会調査の発表に親も同席して感想を述べるという「父兄参加型」と言って良いユニークな内容でした。
担任教師に勧められるままに、妻は我が子のいるグループへ、私は他の空いているグループへ行き着席。
そこで子供達一人一人の調査学習発表を聞き、用意されたポストイットに感想を記入して本人に渡します。
調査学習のテーマは「魚沼で起きた戊辰戦争の足跡」。
戊辰戦争は幕末における旧幕府軍と薩摩長州を中心とした新政府軍の戦いのことですが、江戸時代以前、ここ魚沼でも北魚沼地域は越後でありながら旧江戸幕府を支持する会津藩が治めていました。
その関係上、当時新潟県内では最初に新政府軍の標的とされ、街は戦火に包まれたのです。
その際に戦死した会津藩兵の墓や、戦に使用された鉄砲や武具等の展示される図書館、弾痕の残る建物などを子供達は巡り、自分達で資料を作り上げました。
中には、墓に刻まれた侍の名前一人一人や、どうした形で最期を遂げたかまで詳細に調べた子供もいて、私も思わず感心して聞き入ってしまいました。
グループ全員の発表が終わると、僅かながら子供達と歓談する時間が持てました。
そこで私が彼らに問いかけたのは「薩長も会津も、戦う以外に方法は無かっのだろうか?」ということでした。
方法論は違ったとしても旧幕府を支持する者も新政府を支持する者も、日本という国を何とかしようとした意味では同じではなかったのか。
現代なら意見が違っても話し合いで解決を目指すが、サムライ同士は戦うことでしか解決方法を見いだせなかった。そのことが何より悲しいね、と。
そして子供達に「みんなが大人になったら、武力を使うのではなく話し合いで平和に物事を解決する世の中を守れるようになって欲しい」とお願いし「それこそが、みんなが調べたお墓の会津藩のサムライ達も望んでいたことだと思うから」と話を締めくくりました。
子供達はみんな素直で、良く聞き入ってくれました。
我が子の小学校最後の授業参観は、私にとっても大変有意義なものとなりました。