今回、私が群馬・水上を訪れた最大の目的と言いますか「宿題」は、生どら焼きだけではありませんでした。
一年前に訪れた時は、まだ鉄道に興味を持っていなかった為素通りしてしまっていた「上越線の戦後最高とも言える功労者」に逢う為でもありました。
旧国鉄・EF16 直流電気機関車。
鉄道に詳しい方なら既に御存じの車両かと思われますが、戦中に開発が進み戦後間もなく運用が開始された旧国鉄EF15 直流電気機関車に、急勾配区間用の改造を施した車両です。
昭和30年代~50年代まで、急勾配・豪雪地帯である上越線最大の難所・谷川岳等を含む群馬・新潟県境の険しい山脈区間を越える貨物列車(EF15 牽引)・スキー臨時列車(EF58 牽引)等と重連(連結して力を与えること)して援護する為に無くてはならない存在だった電気機関車で、峠のシェルパと呼ばれ大活躍しました。
このEF16 は群馬県の道の駅・水上町水紀行館敷地内に展示(静態保存)されています。
保存状態は決して良好とは言えませんが、全国でもEF16 の実物を見ることが出来るのは現在ここしかないかもしれません。
↑この機関車(EH200ブルーサンダー)の大先輩です!
助手席と運転席。運転席というよりは、ハンドルやレバーも含め「男の作業場」という感じがします。
この座席から運転手が見ていた、昭和の上越国境の風景とは、どんなものだったのでしょう。
今の車両とは比較にならない巨大なスノー・プロウ(線路上の雪を掻き分けるバンパーのような装備)。
線路に接する部分には更に御覧の板ゴム製補助プロウも装備。
当時の積雪量と除雪の苦労が偲ばれます。
現代の車両の車輪よりも、はるかに大きく感じます。
この駆動車輪が片側で合計6本もあります。その6本の駆動車輪の前後に従輪という少し小さな車輪(デッキの真下にある)がそれぞれ1本づつあるので、片側合計8本の車輪を回して走っていたのです。
この車輪にて急勾配でしかも世界有数の豪雪鉄道を何十年も走り抜けました。
昭和中期のころまでに造られた日本の電気機関車は、ほとんどこのように出入り用を兼ねたデッキが前後に付き、車両の色がこのように「ぶどう色」と呼ばれた赤茶けた色に塗られていました。
ただ、展示されている車両の塗装は劣化が激しく、当時のぶどう色とは程遠い色になってしまっているかと思われます。
しかしながら、こうしてEF16 が静態保存でも現存している事実こそが大事で、ありがたいことだと私は感じます。
高度経済成長期の頃の雪国越後・魚沼の人々の生活と産業を支え続けた、EF16。
関越自動車道も、上越新幹線もまだ無かった時代。
大切な荷物を、そして今よりも鉄道でスキーに来られる方が大勢おられたころのお客さんをたくさん乗せて。
晴れの日も雨の日も風の強い日も、そして大雪の日も。
険しい山々を力一杯、何度も越えて頑張ってくれた、EF16。
私が生まれ、少年時代まで育った頃の上越線まで支え続けてくれた、EF16。
私も、この無骨な電気機関車に育ててもらったようなものです。
ただ、そのことに初めて気が付いたのは、つい最近になってしまいました(泣)。
ちょっと遅すぎましたが・・・・・・・ありがとう!!EF16(泣)。
また、逢いにくるからね!!














