毘沙門天に守られた町  浦佐(うらさ) | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

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風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。

我が国の3月3日とは、一般に桃の節句。女の子の日(雛祭り)ですが、ここ越後・上田庄、浦佐では何とも男臭い祭りが1,200年も前から続いています。



(写真:みなみうおぬま・やまと観光協会HPより)
ハインケルーパーの独り言

ハインケルーパーの独り言 「サンヨー、サンヨー!!」「マッケヨー、マッケヨ!!」

浦佐・毘沙門堂内にて、裸で押し合う男達。



「毘沙門天・裸押し合い祭り」

日本三大奇祭の一つに数えられ、祭りそのものが国の無形文化財に指定されています。

大昔は新年の一月一日に、ここの御本尊・毘沙門天様の御開帳が行われる際の祭りでしたが、明治に入り太陽暦が用いられてからは三月三日に行われるようになりました。


今から1,200年程前に当時の征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)がこの地にて軍神毘沙門天を祀る御堂を開きました。

そこで村の衆や家臣らと国の安全を祈願して宴を開いたのが元となったとされています。


また、毘沙門堂内でこうして裸で押し合うこととなった由来として、二つ程あります。

一つは毘沙門様参拝者があまりに大勢押し寄せて揉み合いとなったのがきっかけという説。

もう一つ、浦佐の町に度々現れては人間に危害を与えていた化け猫を、村の若衆達が協力してこの毘沙門堂に追いつめ、皆で寄ってたかって踏み潰して退治したのが始まりという説があります。

いづれの方だとしても大勢で「押さんよう、押さんよう!」と言いながら押し掛けましたので、その名残で現在も「サンヨー、サンヨー!」という掛け声が祭りのキーワードとなっております。

この祭りの動画など、詳しくは下記みなみうおぬま・やまと観光協会HPを是非ご覧下さい!

http://www9.ocn.ne.jp/~yamakan/osiainixtutei.htm



あとは、今年は昼間しか行けませんでしたが、祭りの私の写真集です。



ハインケルーパーの独り言
JR・上越新幹線浦佐駅。



ハインケルーパーの独り言
浦佐駅(奥の建物)から続く賑わい。



ハインケルーパーの独り言
毘沙門様の山門。

なんと「釘を一本も使わずに」造られています!



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山門の真正面の不動明王様。

夜は手前の泉に男達が飛び込んで(!)行水します。


ハインケルーパーの独り言
祭りのシンボルとも言える大蝋燭。



ハインケルーパーの独り言
こんな大きさですが、男達は夜この大蝋燭を抱いて(灯をともしたまま!)堂内を練り歩きます。

溶けた蝋燭が素肌に飛び散ります!!

SとM両方味わえる?



ハインケルーパーの独り言
1.200年の歴史を持つ毘沙門堂。



ハインケルーパーの独り言
同:毘沙門堂。

奥に御本尊が祀られています。


以前にも御紹介しましたが、ここは戦国時代に上杉謙信公、上杉景勝公も先勝祈願した毘沙門様です。


二月二十七日に私は、この度のバンクーバー五輪に出場された御屋形様(皆川賢太郎選手)の御加護を賜る様ここで御祈願いたしました。

試合は既に皆様御存じかと思われますが、不本意な結果に終わってしまいました。

しかしながら、その結果そのものは決して毘沙門様の御加護を得られなかった為ではありません。


それはこれまでの報道、御屋形様御自身のコメント、更に御自身のブログにて書かれて明らかとなりました。

有り難くも我々越後の民の栄誉の為に御奮闘頂いたお気持ちも充分伝わっております。


しかしながらこの度の戦、御屋形様は「天下取り」(メダル取り)に心を奪われる余り、御自身本来の滑りをお忘れになってしまわれた様子です。


毘沙門様は、一かバチかの天下取りの為危ない滑りをされコースアウトした御屋形様の体に傷一つ負わせず、見事に御守り下さいました。また、そうした御屋形様の御姿勢を御覧になり、敢えて試練をお与えになられました。

実は祭りである昨日、私はこの御礼参りをさせて頂いたのです。


御屋形様(皆川選手)に御進言申し上げたいのは、今一度御自らの「義」の心を取り戻して頂き「真の己の滑り」を目指して頂きたいということです。

それこそが、御自身の真の喜びとなるでありましょう。