「余は亡き長尾政景公の弔いに参った!門を開けい!!」
上田長尾氏の家臣らが警戒する中、仙桃院様に導かれ坂戸城内に入る上杉輝虎(謙信)公。
憧れの目でそれに見入る、与六(幼き直江兼続)。
「喜平次(きへいじ)。父上のような、立派な武将となれ」
励ましの言葉をかけ城を後にする謙信公に対し、父の仇と疑い刃を向ける喜平次(少年の上杉景勝)。
「天地人」第一話、上記のドラマの舞台となったのがここ、坂戸山城。
写真の山の裾に広がる森(青い屋根の建物の向こう側)にあたる場所に、屋敷がありました。
「天地人」のドラマ中にシーンはありませんでしたが、越後を真っ二つにした動乱「御館の乱」(おたてのらん)時にて、越後・上田ノ庄は関東から北条方の軍勢に雲霞のごとく攻め込まれた危機がありました。
しかし栗林政頼(くりばやし・まさより)公はじめとする上田衆は、この城を拠点とし相手が圧倒的な兵力にも関わらず最後まで食い止め、府中の春日山まで敵を向かわせることなく越後を守りました。
余談になりますが、現在この上田ノ庄(新潟県魚沼地域)はスキー産業が盛んですが、その発祥の地といえるのが何と、ここ坂戸山なのです。
写真、山の裾の森の中ほどに、白く帯のように森の途切れた部分がお気づきでしょうか?
実はこの場所はつい最近まで小さなスキー場だったのです。
開設されたのは大正時代、オーストリアの軍人レルヒ少佐が現在の新潟県上越市において、我が国最初にスキーを伝えて間もなくだったとのことです。
「貴重な歴史文化財の跡地でスキー場など、何を考えてるんだ」と思われるかもしれません。
しかしながら、雪深い越後の山奥でも人々が豊かに暮らせるよう、通商産業を整えることに従事した坂戸城の御殿様はじめ家臣の上田衆であれば「良きにはからえ」と言って下さったにちがいないと、私は信じております。
