4。劉備玄徳の子 劉禅「その時歴史が動いちゃった!」
『その時歴史が動いちゃった!』
中国の歴史上の人物で
その人物のお陰で歴史は動いちゃったの?
歴史を動かした重要人物を紹介していきます!
by トット
このコーナーでは、細かい説明は抜きに(ごめんなさい!)
その人物の魅力を第一に紹介したいと思います!
今回は、『劉備玄徳の子2代目蜀皇帝』の
『劉禅』です。
三国志を事実上終わらせた人物です。
簡単にwikipediaで調べてみると、
263年に魏の軍勢が蜀に大規模な攻勢をかけると、
姜維は援軍を求めた。しかし黄皓は敵が来ない
という占いを劉禅に信じさせたため、防衛は後手に
回り、陰平方面から迂回して進軍してきた魏軍が、
江油の馬邈を降参させた。さらに綿竹で諸葛瞻が
討ち取られると、抵抗の手段を失い、南蛮や呉への
逃亡を図ろうとしたが、結局は譙周の勧めに従い
降伏した(蜀漢の滅亡)。劉禅は、自らの身を縛り
あげ、棺を担いだ姿で、自ら魏軍の鄧艾の元を
訪れたという。
とされています。
また、陳寿の『三国志』では、
「白い糸は染められるままに何色にも変ずると
記されている(周りの人間が有能なら善く、
悪かったら駄目になるような人間である」
という主旨)
暗君としての名前が通っている人物ではあるが
諸葛亮が死去し喪に服した際に、臣下の李邈が
「諸葛亮は大軍を率いて隙をみて裏切ろうと
していた節があります。彼の死は皇室御一家に
とって禍が去り、安泰になった証拠であります。
これは国中で祝賀すべきことで、葬儀をすべき
ことではありません」と述べた。激怒した劉禅は
彼を即座に処刑した、とあります。
(『華陽国志』「広漢士女」)
『この時、歴史が動いちゃった!』
もし、劉禅が魏に降伏しなければ・・・、
動いちゃいましたね・・・、歴史が!
次回もお楽しみに・・・!
中国の歴史上の人物で
その人物のお陰で歴史は動いちゃったの?
歴史を動かした重要人物を紹介していきます!
by トット
このコーナーでは、細かい説明は抜きに(ごめんなさい!)
その人物の魅力を第一に紹介したいと思います!
今回は、『劉備玄徳の子2代目蜀皇帝』の
『劉禅』です。
三国志を事実上終わらせた人物です。
簡単にwikipediaで調べてみると、
263年に魏の軍勢が蜀に大規模な攻勢をかけると、
姜維は援軍を求めた。しかし黄皓は敵が来ない
という占いを劉禅に信じさせたため、防衛は後手に
回り、陰平方面から迂回して進軍してきた魏軍が、
江油の馬邈を降参させた。さらに綿竹で諸葛瞻が
討ち取られると、抵抗の手段を失い、南蛮や呉への
逃亡を図ろうとしたが、結局は譙周の勧めに従い
降伏した(蜀漢の滅亡)。劉禅は、自らの身を縛り
あげ、棺を担いだ姿で、自ら魏軍の鄧艾の元を
訪れたという。
とされています。
また、陳寿の『三国志』では、
「白い糸は染められるままに何色にも変ずると
記されている(周りの人間が有能なら善く、
悪かったら駄目になるような人間である」
という主旨)
暗君としての名前が通っている人物ではあるが
諸葛亮が死去し喪に服した際に、臣下の李邈が
「諸葛亮は大軍を率いて隙をみて裏切ろうと
していた節があります。彼の死は皇室御一家に
とって禍が去り、安泰になった証拠であります。
これは国中で祝賀すべきことで、葬儀をすべき
ことではありません」と述べた。激怒した劉禅は
彼を即座に処刑した、とあります。
(『華陽国志』「広漢士女」)
『この時、歴史が動いちゃった!』
もし、劉禅が魏に降伏しなければ・・・、
動いちゃいましたね・・・、歴史が!
次回もお楽しみに・・・!