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プレイバック!エイト通信ブログ!11/9 日分

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2010年11月9日!
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三国志 曹操の漢詩

先日まで、曹操の最も有名な短歌行を書きました。

今日からは、『乱世の奸雄』の魅力の一部も紹介しながら
漢詩を紹介していきたいと思います。

曹操の生まれ
永寿元年(155年)沛県(現在の中国河南省)出身
字は孟徳
宦官であった曹騰の養子になった曹嵩の息子

彼は、20歳の時に朝廷の役人に推挙されました。

その時のエピソードとして

洛陽北部尉に着任すると、違反者に対して厳しく取り締まった。
その任期中に、霊帝に寵愛されていた宦官蹇碩の叔父が門の
夜間通行の禁令を犯したので、曹操は彼を捕らえて即座に打ち殺した。
このため法の禁を犯す者は現れなくなり、曹操を疎んじた宦官などは
曹操追放を画策したが理由が見つからず、逆に推挙して県令に栄転させる
ことによって洛陽から遠ざけた。(Wikipedia参照)

当時は宦官が勢力を誇っていた時代に宦官の叔父に対する
躊躇しない行動。正義感なのか?そんな曹操が出兵し
官渡の戦いで袁紹をやぶり、そののち袁紹の甥高幹を討伐する途中、

厳冬の太行山を越えるときの行軍の苦難を歌った詩があります。

袁紹軍の残党を追っての歌で先日までの短歌行とは違い
暗く辛さが読み解ける歌になっています。

『苦寒行』
北上太行山 艱哉何巍巍

羊腸坂詰屈 車輪爲之摧

樹木何蕭瑟 北風聲正悲

熊羆對我蹲 虎豹夾路啼

谿谷少人民 雪落何霏霏
延頚長嘆息 遠行多所懷
我心何怫欝 思欲一東歸
水深橋梁絶 中路正徘徊
迷惑失故路 
薄暮宿棲無
行行日已遠 人馬同時飢

擔嚢行取薪 斧冰持作粥

悲彼東山詩 悠悠令我哀

次回、訳を読み解きたいと思います。