「生は果てども、名は果てず。」
こんな言葉がある。
戦国時代をテーマにした、小説に出てくる一文である。
文字通り、人は死ぬと身体と周りの人との物理的人間関係は無くなるが、自分の成してきた行いは思い出として永久に残る。
(だから男子たるもの、何時なんどき命を落としても恥をかくことなどないように、日頃から姿勢を正し、行いを正し生きろ。)

という戒めだ。
ワシも、そんな生きざまでありたいと思う。
家族で、入間市の愛宕神社に参拝した。特に特徴のある神社ではない。

新田義興公については、確かにこの地に首が埋葬された事、その上に目印として松が植えられた事、またその松に途中から桜が寄生し花が咲き、義興公の伝承の神秘性を高めた事、多摩川の矢口渡で自刃したときに同行していた家来13名も集められ、一緒にこの地に埋葬された事等が掲示されていた。

今回、偶然とはいえ、まさか新田義貞公の次男、義興公の首塚にまで導かれるとは驚きである。

さて、ここまでの事を思い起こすと、まるでメル・ギブスンの映画「サイン」の様な展開である。次はいつ、どのタイミングでサインが現れるのか?

また進捗がありしだい、書きたいと思う。
ワシは、恐るべき偶然の連鎖で新田義貞公をはじめ、先祖が鎌倉幕府打倒のために進軍した縁の土地に導かれていた。
そして昨夜、ふと一つの疑問点が浮かんだ。

矢口渡にある新田神社は、新田義興公の胴体を埋葬した胴塚がある。ということは、首はどこだ?

ワシは、ググってみた。
すると、Wikipediaにはこう記されていた。

義興公の首は、入間市にある愛宕神社の首塚に埋葬された…、と。

引っ越したばかりの、東村山から目と鼻の先じゃないか?いや、それだけじゃない。愛宕って、どこかで耳にしたぞ…!

岩手県で、座敷わらしと天狗に遭遇した時に、天狗から名乗られた(と、そう思っていた)名前?地名?じゃないか?

愛宕って、ここにつながっていたのか?
ワシは今、非常に混乱している。
とにかく、明日は家族を伴い愛宕神社にお参りに行くつもりだ。