今年も一年が終わる。
何かと楽しい半面、慌ただしかった一年だ。
そして、悲痛な一年であると同時に、喜ばしい一年でもあった。
「悲喜こもごも」などという言葉は、正に今年のような状況にこそ、当て嵌まるのではないだろうか。
震災から早くも9ヶ月が過ぎた。
私を初め、震災の被災地にいないものにとっては、初めこそ劇的であったものの、月日の経過と共に、徐々に目新しい情報が減り、そこからは、決して早くはなく、むしろ、ゆっくりと、そしてヒッソリと過ぎた月日であった。
私も知人を震災で失ったが、現地にいる親族などは無事であった。
私にはとっては、そういうところも影響しているのだろう。
被災地にいる方々にとっては、そんな悠長なものではなかっただろう。
世間に流れる情報が少なくなる事は同時に、反比例して保護や支援の手が薄くなるということを意味している。
こちらで、ひっそりと時間が流れる影で、ショックから確実に現実との戦いへと引き戻されていった事だろう。
しかし、当時も今も、私は、何もしてあげることも出来ないままでいる。
人に優しくするためには、自分にそれだけの力が必要なのだという事を思い知らされる一年でもあった。
今は、ただ、亡くなられた方のご冥福と、残された方々の傷が少しでも、和らぐ事を祈るのみだ。
さて、私にとっての悲喜こもごものもう一方では、AeLL.のデビューからの活動とAeLL.ファミリーとしての活動がある。
今でも、時折、思うのだがAeLL.ファミリーが、エイリアンなどと、名付けられたら、どうだっただろうか。
ガガはファンの事をリトルモンスターと呼んでいるらしいが、私にはあまり感じが良く聞こえない。
エイリアンも同じだ。
AeLL.ファミリーと名付けたのは西さんだったように記憶しているが、彼女の大ファインプレーだと、私は思っている。
思い入れもあるだろうが、「AeLL.ファミリー」とは、何か、温かさを感じる呼称だと感じる。
9ヶ月たって、ファミリーの人数はまだまだ、彼女達の活動を支えるには心許ないレベルで、いっそうの拡大が望まれる。
その意味で今年は楽しかったが、一方で、来年も現在のファミリーで一体となって活動を楽しみつつ、ファミリーの拡大へと向けた何かが出来たら。また、出来るように皆と力を合わせて行きたいと強く思う年の瀬である。
さて、ファミリーとしての活動とは何か。
実は、そこが一番難しく、一方で奥が深いところだと、私は感じている。
「AeLL.を応援する事である。」
と一言で片付けてしまうのも良いとは思う。
しかし、実際にはそれだけではない。
AeLL.を推しているファミリーの姿や、その想い。
そして、彼女達自身の、悩み、考え、工夫や努力を重ねて成長してゆく姿、そしてそこに見え隠れする未来への可能性の片鱗を認める事。
また、同じように、事務所の社長やスタッフがタレントと同じように苦悩と努力を重ねている姿にも出会える。
ブラウン管からは伝わらない部分を見出だす事こそ、最大の活動ではないだろうか。
画面からでは伝わらない何かが、そこにはある。
ブラウン管が液晶に変わった現在でもそれは、変わらない。
来年がどんな年になるのか、まだ、先は見えないが、私にとっては、まだまだ、AeLL.とAeLL.ファミリーから目が離せない年となりそうだ。
12月31日には初めてのワンマンライブを迎える彼女達とファミリーだが、残念ながら、私は仕事で参加できない。
この、今年最大のイベントに参加出来ない事は非常に残念であるが、来年もファミリーとして活動をする為には自身の仕事も疎かには出来ない。
今は、そのイベントの成功を祈り、また信じるのみである。
AeLL.とAeLL.ファミリーが、良い年を迎えられますように。